陰 ≒ in…「 - 集束 - 中岡祐一朗 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
7月27日→8月1日【GALLERY MARONIE 3】

作品はそれ自体の質量と表情だけで成立するものではなく、
容れ物としてのギャラリーの機能を
充分に理解してこそ、観客に訴えることができる。
作品そのもののクオリティをも変化させてしまうほどに
展示される環境の影響は計り知れない。
自然光が全く入らないホワイトキューブは
確かに環境としての意味性は剥奪され、
ほとんどニュートラルな状態で待機している。
そこへ下見に来た作家は
スペースのサイズを計り、照明装置を確認し、動線をトレースしながら
この器にいかに作品を収め、また暴れさせるかに心砕く。

片方の壁の、
リンゴに強力な圧力をかけたような造形と
もう片方の伏線のようにレイアウトされた枝との間に
確かに繋がるものがある。
作家が意図している、いないに関わらず、箱は中身によって、これほどに変容する。

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中岡さんは言う。
「人の闇の部分。ダークサイドにとても興味がある」
それはある人にとってはグロテスクでもあるが、
また同時に“美しきはらわた”とでも言える
いかんともしがたい本性の表れでもある。
人と人の関係性は暗黙のルールによってかろうじてバランスを図られている。
見えない意識のうねりや感情の浮き沈みは
なるべく自分の中に封印して、何気なさを装いながら生きる。
また誰かに吐露しながら見え透いた共感を求めたりする。
この“弱さの健気さ”のようなものに作家は惹かれるのではないだろうか。

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二つのブロンズ作品は相反するベクトルを持ちながらも
互いに強く“凝視”しているかのようである。
求心的に一つの幹に向かって集まる力と
空間に向かって解放される力とが
一種の臓器や血管のような“生臭さ”を感じさせる造形によって示される。
また見方を変えれば呪術的なイメージを喚起させる配置にもなっている。
それは骨のようでも精霊が宿る枝のようでもある。

ブロンズは磨けば独特の鈍い光が魅力的だが
ここでは極力抑えられて、どす黒く枯れた味わいさえある。

「闇の部分」これほど魅力的なテーマもない。
そして何よりも作品そのものが美しいということが大切だ。
もの言わずして多弁な作品からは
中々離れることができないのである。

作家は2006年に伊丹国際クラフト展において
アルミの「酒筒」で優秀賞(白雪松緑賞)を受賞されている。
生活器としての金属工芸の上に独自の造形観を組み込んでの
素晴らしい作品である。

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