面白いフィクション、とドイツ人は言ったとか…「選挙」

Category : ドキュメントDVD
せんきょ

監督:想田 和弘

想田監督の「観察映画」。
ドキュメントはその手法に関わらず、否が応でも時代が映り込む。
古い映像で観客はわずかな“過去の自分”を重ね、認識したりもする。
時の流れとはこういう意味で残酷である。

さてあの小泉時代の狂信、いや盲信。
応援演説ときけば烏合の衆は交差点にひしめき、
携帯カメラで必死に撮る。
そんなに顔が見たいかね…
政治家は有名人ではなく公人だ。
悪人でも嫌なヤツでも名前が通れば有名人。
でも政治家は公人。
小泉の置き土産がやがて腐り出し、
何かがおかしいとその腐臭に気付くまでが鈍い。
僕も含めて日本人の“謙虚が美徳”が政治家を増長させている。

東京で切手・コイン商を営む東大卒の山内和彦さんは
公募などという忌まわしき発想のもとに
補欠選挙で結果的に(そして僅差で)誕生した市議会議員である。
どこで立候補したか…住んだこともない川崎市…
いわゆる「落下傘候補」。
「刺客」だのなんだの、この手の候補につける“肩書き”は
とにかく胸くそが悪くなる。
被選挙権という字面を額面通りに“素直”に受け取って
厚顔無恥どもがざわざわと動き出す日本の選挙。

この観察映画を見終わった誰もがこう思うだろう。
「何のために政治があり、誰のために立候補するのだろう…」
山内さんは“他所もん”である。
映像でも駅前で演説(あれが演説だったら僕でもできる)する山内さんに
女性が言う。
「地元でもない人、住んでもいない人に何がわかるの?」
少なくともこう言われることは想定内でなければならない。
とって返す材料を持っていなくては、どこに「リアル」などあろうものか。
山内さんは自ら「僕は落下傘候補」という語彙をもって、自らをおとしめてしまった。
そう、彼にはそもそも「理念」という武器もなければ
立候補した「大義」もなく、あるのは「名前の連呼」というちっぽけで
うるさいだけの方法しかポケットに入っていないのだ。
映像を通してビジョンや方策を語る場面は皆無と言っていい。
観察映画はあざとい演出や誤解を招く編集などは無いだろうから
終始この人はモラトリアムなのだ。
自民の公認(これが実は持ちきれないほど重い)という大看板を
背負ったまま、一歩も動けていないのだ。

しかしこれは単に山内さんを追ったドキュメントではない。
パッケージ裏に踊る「笑撃!」という文字さえも
いささか色褪せるほどに、今見ると「みんなどうかしちゃった症候群」としか
思えないブラックジョークだ。
選挙という“政”(まつりごと)はある意味、来るべきその時を推し量る
お祭り事として人の口に立ち、他人事のように通り過ぎていく。

山内さんが同級生たちに(だと思うのだが)“こぼす”シーンがある。
「何をやっても、何をやらなくても怒られる。後援会とか先生方もそうだし…」
山内さんがこうあけすけに語るのは
監督と東大の同窓生であるということも大きな理由だろう。
そもそも山内さんが自民から立候補することを聞きつけ
急遽12日間という短い市議選挙の奮闘ぶりをカメラに納めようと思ったのだから…。

奥さんが怒りながら言うこのくだりは映画中、中々のハイライトであり、かつリアルだ。

「だってほんとウチらがさあ、万一120%頑張っても落ちたとするじゃん、そしたらホント、一文無しじゃん。やっぱね、そんなのあたしの人権だって全く考えてない話じゃないですか。私はだってさ、そうやって若くて、ディンクスとか子供持ってたって共働きが宮前区っていうのはすごい多い、それでそういう人達の代弁者になっていこうとしてるところをだよ、そうやって(私の)仕事やめろとか、そんな市議くらいでやめられるかって思うわけよ。ホント言おうと思ったよ。総理大臣になったらやめさせていただきますって、言おうかと思ったよ。」
山内さん「言わないでいい…」


僕たちには縁のないヒエラルキーがそこに厳然とある。
おそらくは山内さんも経験したことのない“あっちの世界”だ。
結局次の選挙は出馬せず、1年半の議員生活を終え、
(山さんブログというのが映画のオフォシャルサイトにあるが)
動画で息子と映り「只今主夫をしてのんびりしています」などという
恐ろしく能天気なコメントを発している。
(なぜかブログの日が2065年04月06日になっている)
一般人に戻ってやれやれ、と言ったなごんだ感じが
また微妙な悲哀と“小しあわせ感”を醸し出している。

ここにある山さんの挙動や言動、事務所メンバー、後援会のおばちゃんの戯れ言は
冗談で聞き流せば、それはそれで面白い。
しかし監督が「なぜ自民党なんですか」と尋ねて
「うちのおじいちゃんの代からそうだし」とか
「昔から自民しか考えたことがない」とかのレベルで
地場というものが成立していることは否めないと思う。

この次に撮った「精神」の持つ“動悸不純感”のような、
不測の事態の予兆のようなものはなく
至って無垢のままの山内さんが飄々とそこに居ることこそが
政治の“希薄”であり“笑える絶望”であり、
たった1年半でも議員であり、ついに本まで出すという
したたかさ、なのである。




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