美しく化石化した濃密な日々…「 宇野 珂苗 個展 all right sight higher 」

Category : 現代美術シッタカぶり
9月21日→9月26日【立体ギャラリー射手座】

女子高生はジャンルである、と誤解を恐れずに言っても誤解される。
それではカテゴリーだと言えば、何の?とすぐに詰問されそうである。
外国人から見る女子高生の制服や“メイクさ加減”は
すでにアニメなどで免疫ができているから
昔で言うほど話題にはならないかも知らないが
僕はわが娘が高校生時代の独特の軽い毒気を放っていた頃を
思い出すたびに、この“消費期限”付きの
女子高生という名称の着ぐるみを身につけて嬉々と(かどうかは怪しいが)
学園生活を謳歌していた彼女たちには強烈なエネルギー、
言い換えればマグマを感じていた。
それは3年間しか使う事ができない特権とも言えるし、
周囲が眉をひそめながらも暗黙にその存在を認めざる得ない
クラスター(集団)でもある。

作家の絵にはセーラー服の女子高生が頻繁に登場する。
過去の作品も例にもれず、断固としてセーラー服である。
そして「屋上」という設定もまた作家にとっては
思い出と言うよりも作品にとっての必然に昇華されている。
何事も徹底したスタンスを保ち続けることは
女子高生ではないがエネルギーを要するのだ。

CIMG3304.jpg

↑右側の女性の視線は下の絵のひとり立つ女性を見ている

CIMG3293.jpg

↑この女性の視線の先は下の絵の女性

CIMG3310.jpg

メインとおぼしき3点の作品同志が“連携された視線”を構成要素として成立している。
ドローイングから立体的に発展し、一種のインスタレーションとして
展示光景というものを構築した。
向かって右の登場人物の視線は中央の作品を見ている。
中央の視線は左の壁にかかる作品の人物を見ている、といった具合。
「この頃はもう10年も前のことなんですけど…」と語る作家のHPを見ると
映像作品も制作し、また他人の映像作品に出演までされている。
その自作映像作品も過去の作品も現在の作品も
一つの線によって貫かれている。
それが何かは観るひと、それぞれの感受性によって
ネガにもポジにも受けとめられる。
男子高生が足元にも及ばない大量の情報力を駆使しながら
きめ細やかなコミュニケーションを
ほぼ四六時中成立させているという彼女たちの
“期限付き”という条件に裏打ちされた行動体系は
まるで互助会のように強固な関係を築いている。
その世界を駆け巡る暗澹とした空気や
一見単純に見えるが、実は複雑なバランスで保持されている
関係性がこれらの作品にしっかりと現れている。
危ういエロティシズムやひりひりした感触、
また軽い裏切りや情に竿さす(こんな古い表現がとても新鮮だ)そんな日々が、
上がってはいけなかった(作家の学校の校則は厳しい)
校舎の屋上で、繰り広げられるのである。

CIMG3308.jpg

CIMG3294.jpg

ボディ、コンクリート、水。
この3つが、共通する要素として視覚が認める。
コンクリートによって重く存在する巨大建造物に
安心や安定といった感覚を得る、作家は語る。

もしかしたら作家にとって女子高生時代そのものが
デジャヴとなってループ的に現実に再現されながら、
その濃密な時間そのものが
こうして筆をとらせているのかも知れない。

CIMG3296.jpg CIMG3312.jpg

↑なぜか惹かれる“電柱少女シリーズ”


にほんブログ村 美術ブログ 現代美術へ

↑ポチッとくれたらありがたき幸せ♪


スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!