この空間をアナタにゆだねよう、さて…「 ephemera / はかなきこと  椎原 保 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
9月28日→10月10日【GALLERY ARTISLONG】

「作品はどこですか、と訊いて、首をかしげて帰る人も居ますよ」
と椎原さんは笑いながら語る。
作品がおおよそ全方向から見て観客が理解(納得とは違う)できうる範囲で
制作されていると解釈すれば(映像作品は除く)
それは作家がアイポイントをどこに設定するかで
展示の位置も照明も変化するということで
作品を取り巻く環境作りについて悩ましいのは言うまでもない。

このギャラリーのロケーションはアーケードの商店街の中にあり、
抜け道にも面しているために往来の音が聞こえる。
光を大きく取り込んだ変則的な坪庭スペースを設けており、
ここの扉を閉めてしまえば音は遮断される。
が今回の展示では扉を開放しているために外界の気配が流れ込み、
自然風によって鏡がゆっくりと廻りながら
スポット光を長く短く壁面に投射する。

下の写真は会場全体を掴むべくパノラマ状に加工したもの。
首を曲げて見ていただきたい。

CIMG3440.jpg

作家はあるアイゾーンを設定し、平均的にその高さに
ミニカー、麦わら帽子、りんご、凸レンズを吊るす。
壁にはところどころに小さな鏡があり、この吊るされた対象物が
観客の動きによって視界に現れたり消えたりする。
僕たちはなぜミニカーや帽子が吊るされているのかという理由を
自らに問わずに済む環境の中にすでに居る。
まずはそこから始める。
これは作家による設定にひとつに過ぎない。
そこに存在するものに感知し、反応し、意識する
人の知覚を展開させる“きっかけ”に過ぎない。
吊るされているものが向こうの小さな鏡にふと映る。
歩いている自分の足が見える。
人の足も顔も通過する。
向こうの壁は逆相となって“嘘”のようにそこに見える。
遠い記憶だったり、新しい発見だったり、
あるいはその対象から得るイメージだったり、
人によって違う感覚を引き出す動機をこうした位置関係に置きながら
ぽん、と投げかけているような緩やかな心地よさがある。
見えたり見えなかったするのはこちらが動いているからで
確かにここには作品と呼べる“物体”は無い。
この相互関係そのものが伏線や破線で繋がっているという
想定そのものを観客が楽しむ現場なのである。
作家は会場を見てレイアウトを決めるのだが
そこにあえて創意の結果と呼べる行為を求めてはいない。
疎と密な空間構成を観客に想像させ、展開させる
“しつらえ”を構想している。
その中に自分が居ることで通常は“作品を観ている”自分という立場が
反転し、そのボーダーラインが曖昧になってくる。
動いてみて、立ち止まって、目をこらし、目をはずす…。
ゆっくりと会場を見てまわるうちに
これは会場という箱ではなく、ここにやってくる
様々な感性を携えた人々を喚起させる空気を用意し、
展示でありながら作品はどこにもないという展示を
提起しているのではないかと思えてくるのだ。

CIMG3429.jpg

あまりに意図が見えないことによって
観客の感覚は研がれていく。
ここにささやかだが、素敵なスリルが潜んでいるのである。

CIMG3459.jpg

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