自己の有り体を黒い筒に柔らかく閉じ込める…「 Small is Beautiful ~ Breath ~ 長谷川 政弘 」

Category : 現代美術シッタカぶり
11月2日→11月7日【GALLERY はねうさぎ room2】

小説で言う掌編というのは、とても短い作品。
短編はその世界では難しいというのが通りとなっているようだ。
凝縮し過ぎてしまうと息苦しくなる。
緩慢であると小さい上に大雑把とくるから、これまたよろしくない。
短いと小さいは同義語ではないが
作家にとってチクリと刺さるような覚悟が求められるのは同じであろう。

さて、Small is Beautiful…果たしてSmallはいずこ…
会場に装置されたのは
黒くて長くて重そうな鉄の彫刻作品である。
実はSmallにはワケがある。
それはまた後日。

台に乗った長い直方体。
このシンプルだがギミックを感じさせる風景は圧倒的に美しい。
それは機関銃の台座であり、日本刀を支える台であり、
少年の好きな鉄塔であり鎮座である。

CIMG3994.jpg

CIMG3974.jpg

CIMG3978.jpg

CIMG3991.jpg
↑穴を覗く。


前回の個展( http://den393.blog81.fc2.com/blog-date-20100623.html )で
見せた作家のイメージングは、
過去と現在、そしてまだ見ぬ彼方と作家としてのアイデンティティを
黒くて長い箱に投影する。
天面に開けられた小さな穴は過去の展覧会の数。
肩書きがどこまでもついてきていた社会人の時の作家
(勤めながら制作していた頃)は向き合う人に対しての
会社人としての“長谷川政弘”と
作家としてフリーになってからの“長谷川政弘”、その存在の差異が
この小さな穴に込められてもいる。
端の覗き穴から見てみるとかすかに室内の明かりが差し込んで見える。
筒の先にはアルゼンチンの青い空が“もっともらしくなく”貼られている。
日本の真逆のこの地を「未来」となぞらえて、
自分の途上、歴史、実績、そして苦い思いも含めて、時系列に配置する。
これは作家自身が自分と向き合ってできた分身であり、シンボルである。
僕には黒い平均台の上をバランスをとって、
そろりそろりと歩きながら一年一年を芸術活動に勤しむ人の姿を
そこに想像したりする。
この硬質でやや不穏な空気を放つ物体に
こうして「立ち上がる時」を感じるというのは、
言うまでもなく作家の“器量”である。

自由は不自由であるというパラドックス。
フリースタイルというのは
実は「逆説的に作家として縛られる」ように思える。
しかし長谷川さんは素材を一定に保ちながら、発想はとんでもなく自由である。
“黒くて長いもの”への作家としての“造形欲”がむくむく頭をもたげる。
これこそが作家の発露であり、
制作する人自身がはっきりと作品に投影されているものはやはり観客を魅了する。
長谷川さんはそれが作家の仕事と言い切る。

コーナーにそれはそれは小さな作品が並ぶ。
先に書いた「掌編」は短くも潔い完結を果たさねばならない。
この小品もしかり。

CIMG3965.jpg CIMG3971.jpg
CIMG3967.jpg CIMG3988.jpg

スウェーデン展覧会の折に買った、かつて乗っていたSAABのミニカー。
アブダビの道ばたで拾った角がすり減ったサイコロ。
アルゼンチンの土産物屋で買った小さくて、いびつなフクロウの土人形。
ドバイの赤い砂。
ソウルの骨董店で一目惚れした青銅の謎の小動物。

ささやかではあるが小さなドラマを、無理なくそっと優しく詰めながら
作家はまた創出の旅に出る。

にほんブログ村 美術ブログ 現代美術へ

↑ポチッとくれたらありがたき幸せ♪
スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

58カ国語に翻訳
English
お越しいただきありがとうございます

den

………………………………………
アート・ドキュメント・ブック・
ミュージック・演劇・ダンス・
朗読・時事・ひがみ・そねみ・
やっかみ・おせっかい…
などなどシッタカぶって書きちらかしては
自己嫌悪な日々をゆらゆらと
過ごしております。
「シッタカブリアンの午睡」
「デラシネ光合成」をこのたび一本化。
言いたがり、やりたがり、ノリたがりな
のんのんとしたブログにお越しいただき
ありがとうございます。
………………………………………

ここから、また…
最近の書き散らかし…
こんなこと書いてます
こちらへもどうぞ!