あなたが今すれ違った人に起こった事…「人びとの光景」

Category : 100円本雑読乱読
人々

著者:内海隆一郎(新潮社)

面白い小説ないかな、と問われたらあなたなら何を薦めるだろうか。
小説について、この“面白い”というほどに曖昧かつ不確定なものもない。
本は端折って進むことのできない“実直”なメディアだ。
読んだ先から忘れていくような僕のような者には
薦めるということそのものに妙な責任を感じてしまうし、
面白い小説は結局自分で“発見”するしかない。

この作家を“面白い”と表現する読者はそれほど居ないだろう。
しかし内海隆一郎という作家の“特徴”は誰もがすぐにわかる。
正に掌編の名手。
野球に例えるならヒットで着実に出塁する堅実なバッター。
そのために黙々と日々鍛錬されてきたに違いあるまい。
手に持つバットはすでに黒光りして相当に年季が入っている。

最初に出会ったのは2008年刊の「30%の幸せ」。
過去の作品の中から20編を選抜したいわばベスト盤である。
登場する人もシチュエーションもとりたててドラマチックではない。
驚いたのが人物の呼称である。
三人称なのにその人に寄り添うように語り手が居る。
それは主人公になる人物は全て「さん」付けになっているからだ。
このような小説は読んだことがなかったので最初はとまどいがあった。
文字が大きく行間が詰まりすぎていて、
あまり読み進めなく半分ほどで辞めてしまった。

しばらくして手にとった本書は見るからに地味な印象。
文字の大きさも老眼鏡が要る人が多いに違いないと思わせるほどに小粒。
21編の短編集である。
これも「さん」付け。
思い出した…あの作家…。

読んでみると実にいい。
何がどこがと言われてもさっぱり答えられないが
旨いお茶を緩い日溜まりの縁側でいただている、そんな感じか。
“展開の優しさ”とでも言おうか、まどろみの掌編とでも言うのか…
日常の出来事の中で時折、指にささった小さなトゲに顔をしかめ、
一日中、その痛みを気にしながら過ごし、
気がついたらトゲはもう抜けていた、というような…
どの話も、池に吹く風のように小さくさざめきながら
誠実さと愚直さをもって収束する。
この話はどうなるのだろう…わずかに残り香が感じられ
読了した時にフッとため息がこぼれる。
無駄のない文章、修飾されない語彙、決して引き込もうとしない鷹揚さ、
珠玉の掌編という賛辞はこういう作家に与えられるものだと
しみじみと思うのだ。
おそらくは若い人には精進料理の薄味のような小説に映るかも知れない。
しかし良い文章とは何かをこの作家は教えてくれる。
これから小説を書こうと思っている方には是非、
内海隆一郎の名前をどこかに刻んで欲しいと思う。
身の丈の小説はそう書けるものでもない。

僕自身は空想の中で巨大化したフィクションにも
生臭すぎるノンフィクションにも
“変な”主人公で登場する“変な”小説にもあまり魅力を感じなくなった。
そんな年齢なのかも知れない。

本当に良いものとは気付きにくいものでもある。

内海さんは自らの全仕事紹介サイトにはテレビドラマ化されたものも掲載されているが
ご本人は「脚本家にゆだねられた時から、どの作品も私と無縁の作品になる。
演じている俳優さんには申し訳ないがほとんどが私のイメージとかけ離れたもの」と言う。
まさにドラマがつまらなくなっていく一因を見る思いである。

ご出身の岩手よりIBC岩手放送「ラジオ文庫」が長年内海さんの短編を紹介している。
http://itunes.apple.com/de/podcast/id283900349

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