バイメタルミュージックダンス…「 藤原 昌樹 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
12月7日→12月19日【GALLERY SUZUKI】

いつになくギャラリーの照明がひっそりとしている。
ここは自然光が入り込むロケーションなので
作品に余計な演出が加わらない。
これは作家の意図。

今回の個展は6年ぶりとのことで
作家さんからいろいろなお話が聞けた。
会場に敷き詰められた鉄のオブジェはどれも同じパターンで
レーザーでカットしたものが3点倒立の状態で立っている。
が、屹立したという印象ではなく、とてもリズミカル。
表面はカットした後に、少し開かせて半年もの間、放置。
塩水などをかけつつ錆びさせた。

作品は現場で観るに越した事はないが撮り様によっては見た事もない光景も出現する。
アングルで作品は別の顔を見せる。そんな紹介のしかたもいいのではないか、などと思う。

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藤原さんの話で興味深かったのは
ある心境の変化、言い換えれば彫刻家として
先祖返りのようにも見える自己再確認の過程である。
およそ半年間“温めて”きた素材と
作家の間で培われたものは何だったのか。
鉄という僕にとっては“硬派”なジャンルとも思える彫刻は
数少ない例外はあるものの「重量」と「体積」という
“脅迫的”なまでの視覚的条件を備えている。
そこには堅牢な素材への作家の企みと同時に
効果的で斬新な造形への作家としての宿命的な性(さが)が反映される。
鉄という素材に挑みつつ、鉄から離れて見ることの難しさ。
過去になかった錆というテクスチャーが得られるまで
作家には様々な回想がをもたらされた。
それは創作者としての原点回帰への旅である。
美術系大学生→高校生の頃→中学生の美術の時間→
小学校の図画工作→幼児期の紙遊び。
こうして辿るうちに
“付け足すことで作為的でありすぎる罠”から帰還してきたとも言えよう。
その鉄はまさに「身頃」を解かれたカタチで展示されている。
観客は作品の隙間を縫いながら作品と対話する。
錆が印象として前に出てきて欲しくないとのことから
先の照明の明るさになったということらしい。
その姿はまるでバイメタルのように
熱くなる時間とともに立ち上がり、
作家が最小限に手を施した痕跡によって成立している。
人が作った素材であるにもかかわらず、
シンプルであればあるほどに、プリミティヴな面差しを僕たちに向ける。

鉄に“ゆだねて”みることで
作家にとってはエポックメイキングな作品になったと言える。
こうして作家の創作本能は磨かれ、次への礎となるのだろう。


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