30年目の再認識…「京のお言葉」

Category : 100円本雑読乱読
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池波教子氏を招いて「京ことば」と題したワークショップ。
池波氏が「今日は京都弁についてお話しします」と切り出したところ、
ある男性が「へぇー、池波さんは『京都弁』って言わはるんですねぇ」
「えっ、なんで?」
「京都弁言うたら、こっちの人怒らはりますやん。
うちらの言葉は方言ちゃうで、って。」

この辺のくだりは
「京のお言葉 入江敦彦著 マガジンハウス刊」に、こうある。
京言葉を駆使して京都人が話す独自の言語を「京都語」という。
ときどき「京都弁」なる表現を耳にするが、
そんなものはこの世に存在しない。
なぜなら“弁”とは地方の“訛り”であり、
京都は歴史上いちどたりとも地方であったことなどないのだから…
この辺の蘊蓄(かね?)が延々と続く。しかし、この本は面白い。

京都に行く前、居る時、帰った時に読み返すとまた一段と面白い。
賛否こきおろしはともかく、京言葉なる摩訶不思議な
「伝達ツール」があるんだという認識の方が入りやすいだろう。
あくまで、やんわりと、しかし、的確に、伝えるという合理的であり、
ゆえに、恐ろしき言葉だ。真に受けてはならぬ。ふふふ…
そして関西弁と括られることにムカつくのが京都人。
大阪とも神戸とも、どこともちゃうちゃう!(と2回言います、こっちでは)
僕が京都に住むようになって30年余り。
朗読劇で昔話を語る時のハンデはとんでもないもんだ。
フツーの人がフツーに話す、
まったりとした京都話の何と心地よいことよ。
官能的ですらある。
それに引き換え、この東京下町出身者の何とドヘタ
(でトーゼンと開き直る)なことよ…酷すぎる…
と言うのも、京都弁が好きになれなかったからだ。
憧憬どころか、関西弁そのものに拒否反応があったからである。
だから「おおきに」なんて言ったことはない。
今でもずーっと東京弁(“弁”は怒られるか…)が抜けない。
しかし、住んで30年、この劇に参加することで認識を一から改めた。
京都に居たら最後、成り立ちや時代背景から逃れることは無理。
全てにつきまとう、からんでくる、蜘蛛の糸のように…
しかも、時として、その糸は
絹のように優しくまとわりついてくるから、やっかいだ。

で、さきほどの「京都弁」言うたら怒らはる、の件、
池波氏は断固拒否されていた。
「京都の人、そんなプライドたこぅおへんぇ」
ホンマかいな…
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Comment

今日も稽古 おつかれです!

私は‘京都弁’って言いますえ。 でも「お茶漬けでも食べて行きよし。」と言われれば、断ってほしいいんやろなあ・・・と知りつつも「おおきに~。」と、ちゃっかりお茶漬けいただいてしまう京都人ですv-222。だって、せっかくお誘いいただいたのに、断るなんて失礼じゃないですか。

いよいよ明日はゲネとなりました。舞台を楽しむラストラン。よろしくどうぞー。 

風さん
初コメありがとうございます。
僕はそんな、ややこしい京都が大好きですよ。
今日はゲネ!
WBCの選手やないけれど、
プレッシャーを楽しもう!
なんて思っています(実は…)
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