耳をすませば微かに聞こえる囁き声…「 落とされた沈黙  伊賀上 空見子 」

Category : 現代美術シッタカぶり
3月1日→3月13日【 GALLERY MARONIE gallery 4 】

2年前の3月に初めて伊賀上さんの作品を見た。
当時、この質感を出すのに8年を費やしたという言葉に
ああ、作家というのはそういうスパンで
思いを滲み出させるのか、と感心した覚えがある。

前回のタイトルは「失われた時を求めて」。
今回の「落とされた沈黙」はあの時よりも
より純化され、さらにコアな部分だけで構成されている
引き締まった印象。

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何よりも成功している点はギャラリーのスペースと
作品の大きさ、配置のほどよい“間”。
前回も棚や台に置くことはせずに
一見無造作に見えるレイアウトが
会場に静かに僅かにこだまする。
互いが共鳴し合い、目に感じない微動を放つ。
沈黙しているのに、だ。
その緊張感が、とても快い。

枝のような風化した物体はそのフォルムは有機的だが
取り残されたような寂寥感を伴う。
しかしながら、個々の表情はそれぞれが豊かで、
しかも毅然としている。
前回のドラム缶に相当するのが今回の一斗缶状のオブジェ。
何かに使われた“ような”痕跡。
しかし厳密に見ればどこにも“用”を連想させる入り口は無い。
遠目には他の作品も実に華奢に見受けられるのだが
どうして、どうしてそこから沁み出す沈黙という主張が
見る者に囁きかけるのだ。

容れ物としての形態をとりながら
横に転がるようにして置かれている作品も
昔の水筒のような形の作品も
何かと繋がっていた過去があるような、
喪失感も感じられて面白い。
この会場を満たすものは
それぞれの相乗作用によるテンションだ。

伊賀上さんのこの作風はこれからどう変容していくのか、
どこへ向かうのか…
じっくりと時間をかけて、腰を据えて取り組んでこられる
伊賀上さんの作品はもしかしたら、
もっと哲学的な様相を帯びるかも知れない。
年齢やご本人の印象からは計れない
どこか孤高の味わい深さがこれらの作品には潜んでいる。


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