垂直に、立った、そびえる油画という壁画…「 リメイク・ザ・ウォール Nishigaki Hayaki 」

Category : 現代美術シッタカぶり
8月9日→8月14日【 同時代ギャラリー 】

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↑ギャラリードア越しの壁は三条通りからも見えてかなりのインパクト

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西垣さんは「若いうちは何でもやっておこうか、と」。
えぇ、同感同感、どんどんやりましょう。
いつものギャラリーに壁が出来ましたよ。
それもスンゴイ壁だ。
当初は当たり前のように壁に展示されるはずだった作品。
観客は会場の中心に立てば、まぁ全方位的にフツーに作品を見る事ができるもの。
作家も充分に予測したであろうその光景は
作品そのものを壁へと変容させる何がしかの動機により、
これほどまでのダイナミズムをもたらす結果となった。
このギャラリーに入った者なら入り口で見事に裏切られる。
僕たちは壁沿いに歩きながら、壁である作品、作品であるところの壁を観る。

壁というのは空間を“分かち”ながら一定の見えない不文律を気配に取り込んでみせる。
そこにエリア、区別をこしらえ、見えているのに見えない強制力を感じる。
おまけに作家は袋小路まで作った。
しかしここには特別な政治的な、あるいは倫理的な目的も教条もない。
ただ油画に囲まれたらどんな空間ができ、絵はどのように見えるのだろうか、
という無邪気な視座が成せたこと。
しかし延べ3300cmにもなる油画はやはり壁画に見えてくる。
僕たちは作品を一望することはできないし、
その全容の端っこはかいつまんだ記憶の中にとどまる。
歩きながら観るという行為そのものを作品の中に取り込んでしまう大胆さは
ややもすると絵が額というタガに帰結してしまうことを改めて考えさせる。

友人がドイツ土産のベルリンの壁を持ってくる。
西垣さんはあの東西を分けた155kmもの壁と
今、手のひらに乗っている“かけら”とのギャップにいささか驚く。
しかし壁というのは分かりやすい。
観念の中では、明らかに忌まわしき壁を構成していたパーツであるから
そこから得るメッセージは強烈だ。
部分はこうして伝わり、人は部分によって知る。

また作家は壁にまつわるものとしてダンジョンを挙げる。
僕はゲームについては全くの門外漢なので調べてみれば
RPGに出て来る迷宮のことで
小さなゲームの画面の中で展開するにはこの壁が有効であり、
徐々に核心に近づくためにしかけが施されたツールでもあるんですね。
このダンジョンを等身大で現場にこさえて、
自らが疑似体験をしたかったという素直な西垣さん。
なんだかわかる気がします。

224cmの壁の高さは元からあったギャラリーのパネルに合わせたもので
ここに初めて訪れた人は肝心の作品はどこか?といったうろたえも楽しめる。
そして僕らはまるで作家のアトリエに招かれたように
オイルの匂いの中で、ひたすら「壁」について考えるのだ。

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