決して墓碑銘にしてはならない…「ヒロシマナガサキ」

Category : ドキュメントDVD
広島

14人の証言者、つまり被爆者の方々が語る凄惨さは
おそらく自らが考えつく言葉を総動員しても表現できるものではあるまい。
偶然(そこに居た人たちは勿論必然)爆心地に居た人々の
「その瞬間」と「その後」を追ったドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」。
25年間封印し続けたアメリカ所有の証拠フィルムの画像を見るたびに
そう、自分の年齢を重ねるに従って、なぜだか心に揺れをを感じる。
それは、風化してしまうだろう宿命をも、この事実は背負っているのかということだ。

あるきっかけをもって「戦争」が起きるのであれば
(なぜ、あれば、なのかは、私たち自身がその場に立ち会ったわけでも、
聞いたわけでもなく、戦争とは殺戮と報復の愚かな連鎖だということしか
学習されていないからである)
その「起こる」メカニズムを学習しなければ、
永遠に無くならないのは売春婦と戦争という
笑うに笑えないブラックジョークを聞くはめになるからだ。

彼らの目の前で起こった事実は「事実」というにはあまりにむごい。
百の言葉よりも破壊された彼らの肉体を見ることで
この「ピカドン」の正体が明らかにされるのだ。
しかし、落とした方は見ていない。
ボタンを押した後、10数秒後のこと、翌日のこと、1年後のこと、
10年後のこと、50年後のこと…
そして現在のこと。

B29の航空士は落下してから、爆発が起こり、機体が揺れてから
こう思ったという。「何ということだ…これはとんでもないしろものだ…」
戦争を終わらすツールとしてのリトル・ボーイ&ファットマンは
彼らの目にはただの「チェックメイト」に過ぎなかったのかも知れない。

その後、原爆乙女としてアメリカに渡ったうら若き女性たちは口々に言う。
「あちらの方はとてもやさしかった。とてもよくしてくれた」
これは原爆投下後、進駐軍が上陸した時の言葉と同じだ。
はにかみながら米兵にまとわりつく女性たちがいる。群がる子供たちがいる。
アメリカでは連れてきた牧師と原爆乙女たちがテレビの公開番組に出て
パイロットと握手する。ほどなく司会者が募金の話をし出すと、
そのパイロットは「私が一番最初の募金者になります」と言って
家族からと会社からの小切手らしきものを手渡し、また大きな拍手…。
戦争を終わらせた自分たちが、被爆者の形成手術を施し(無償で!)
決して「悪魔的」に事を成したのではないという、恐ろしいプロパガンダ。
退役軍人という政治的な圧力をかけることに長けている連中は、
スミソニアンでの原爆展示を徹底的に拒否した。
落としたさ、だからどうだと言うんだ。要は「断念させた」ということだろ。
だが、断念させたほどの偉大なる「チビ&デブ」はもう見たくないらしい。

先日は64年前に東京大空襲があった日。
ジュネーブ条約違反の大量虐殺=ジェノサイドのあった日だ。
300機ものB29は飛行機の中に空があったと表現しても過言ではなかったはずだ。
見た事もない空…この空を見上げて、一体誰がそれでも「勝つ」と思えたか。
被爆された男性の言葉である。
「勝てるわけないでしょ、日本が。みんなそう思ってたよ」

戦争に関して言えば、僕と被爆した人との間にはとんでもない「深くて暗い」川がある。
語る言葉すら持てない、いや語るべきものは何か、さえ失ってしまうほどの
精神的、肉体的苦痛。

戦争が作るものは多くの「墓場」と同じだけの「鎮魂」である。それ以外には何もない。
自らも被爆され家族をことごとく失った漫画家である中沢啓治氏は語る。
「アメリカを恨むということはなく、それよりも今からどうやって生きていこうと…
そればかり考えていた」

世界唯一の被爆国、日本。
永遠にそうあって欲しい。
この地球が異星人か環境問題かで(いや、確率的には核なのか)破壊されるまで。
どこまで人間が馬鹿者かを日本という国が最後まで見届ける責務がある。
もう卵か鶏かの話…。自分ひとりでは戦争はできないのだから…。

長崎


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