選ぶ自由を持たない、選ばれし種たち…「 石原 三加 展 わんぽっち 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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11月15日→11月20日【 アートスペース虹 】

石原さんは特別に犬を飼いたいとは思っていないし、
いわゆる「犬族」ではない。
作品のモチーフにしているのもカワイイとか好きでたまらないという理由ではない。
きっかけは神戸居留区で見たプードル。
セレブなプードルは、まずはプードルという種の犬であり、
誤解を恐れずに言えば、従属して生きていくことを旨とし、
本分とする生き物だ。
ブランドで着飾られ、ご主人様のお帰りを待つプードルは
見せ物であり、飼い主の意向を存分に“汲まされた”果ての姿とも見える。

ところで犬の散歩に飼い主は介在しない。
犬種によって相手を識別するのみである。
試しに伴侶なしで散歩に出かけてもお相手はスルーされるだろう。
犬によって成立する(あるいは犬によってでしか成立しない)
コミュニケーションそれ自体を
うんぬんかんぬんするつもりはさらさらないが
犬好きにもいろいろあるのだということはここでは一切意味を成さない。
近所にも居る。吠える声は聞こえども、姿見えず…。
男性の深夜の一人散歩はそれなりに警戒されるが
かたわらに犬が居るだけですっかり別物になる可笑しみ。

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ブランコに乗って揺れるのは「一太郎」(わんたろう)君。
小学生の少年。けれどなんとなく孤独だ。
ここには砂場も骨のジャングルジムもあるのだが
タイトルにもある通り「わんぽっち」だね。
黒目がちの目も心無しか寂しい。
強調や過飾と虐待や遺棄放棄というどちらにせよ異常な行為によって
余剰分の生ものとしての存在が時代と共に浮き彫りになるペット事情。
己の行く末を操作する術を持たない、選択する余地を与えられないこの小さな命。
飼われていく“お宅”の事情をも全て受け入れる。
最期を見取ることを充分に考慮した上で、
また健全に生きることの権利を認識した上で飼われるべき者たちは
初心を忘れたワガママで傲慢な飼い主によって、悲惨な生涯を“契約”される。
石原さんの過去作品のどれもが犬好きにはたまらない匂いを放ち、
おそらくは彼らは相好を崩した顔で会場を後にするのだろうが
それこそが石原さんの狙いであると言える。
そのファンシーな作品の向こう側には、無垢であるが故に
人間の思いを無理矢理にでも反映され、脚色され、演出されていく
商品としての犬の姿が垣間見える。

ショーケースの中で健気なその子犬は
今日も正体のわからない相手に買われていく。
そして隣のケース、向かいのケースの連中はつぶやく。
「今回のパトロンは吉と出るか、凶と出るか…
もっともこっちには知る由もないがね…」



一人遊びの孤独な高カロリー摂取少年。
犬食いってのはホンマこわいんやで…これも悲しい性(さが)やな…

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