記憶の断片を皿に残して…「 城戸 みゆき 展 ~ 波紋の裏面 ~ 」

Category : 現代美術シッタカぶり
11月29日→12月10日【 galerie 16 aperto 】



招聘したアーティストを特定の地域に一定期間滞在させて、
創作活動を行うアーティスト・イン・レジデンスに
積極的に参加している城戸さんに前回お会いしたのは
ソウルでの滞在の折りに制作した作品の展覧会だった。
ワークショップなどにも精力的に取り組んでいる城戸さんは
なにかこう、貫禄さえも漂ってる感じで、
そう、頼もしい感じだ。(勿論、失礼な意味ではありません)
閉じられた空間で語られる印象の強い現代美術が
作家がその土地の匂いを嗅ぎながら美術作品を作り上げるという行為が
アートの解放とか裾を広げるとかの意義以上に
生身の作家のその土地での感受性が
いかほどに作品に反映されるかがひとつの鍵ではないかと思う。
城戸さんはそれらを上手に消化し、自らの紙素材作品に何の抵抗もなく
素直に織り込んでいく。
異国で口にした様々の食材は香り、味覚、食感ともに旅人にとっては
最初の実感としての異文化への反応だ。
城戸さんは「吊り下げられた無数の屋根」という造形としての妙味を越えた、
その下に住む家族の光景や
当たり前のように町がかつて町だった健全な風景を示すことで
それらが想像以上にもろいことをも暗示しているような気がしてならない。
そして団らんそのものが美化された記憶の断片かも知れない。
同時に3.11の抗いようもない非情さをその屋根に見ることもできる。
吊られた屋根はここでは食器となる。
それぞれに僅かだが食の残滓が伺えて、
紙も野菜も共に土からの産物であることを改めて知ることになる。
これは言うなれば城戸さんの韓国でのアーカイブである。
大げさに言えば、生きるために口にすることを余儀なくされる食物が
こうして媒介され作品となるという“真っ当”な芸術活動である。
立派なアトリエを持つ著名な作家でも積極的に参加する
アーティスト・イン・レジデンスはアウェーとして
どう自分なりの創意と向き合って“ならでは”な作品を提示するかという命題を
思う存分楽しむ場でもあろう。
それはアトリエという場所がワープしただけではない
作家自身の移動の際に生じる体感温度や
文化に出会った時の感覚的な摩擦熱が一種の
制作エネルギーへと変換される
過程と結果を示すものなのかも知れない。

城戸さんの過去ログは↓
http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-134.html
http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-305.html
http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-327.html
http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-651.html

※掲載された画像はギャラリーまたは作家の許可を得て撮影されたものです。
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