丹精に描く、事の前後…「 THE FICTION INSIDE YOU ~ 寺村 利規 」

Category : 現代美術シッタカぶり
11月26日→12月29日【 MORI YU GALLERY KYOTO 】
1月7日→2月11日【 MORI YU GALLERY TOKYO 】

映画好きと勝手に断定。
寺村さんに尋ねてみれば、果たしてジム・ジャームッシュでした。
(ああ、やっぱり…)
実は僕も大好きな監督。
あの映画に出てくる人はどうしてか皆さん魅力的だ。
この断定の由来はと問われればそれはもうスクリーンサイズの画面。
そして、この油彩には“事の前後”を観客に想像させるだけの
映画的(映像的ではなく)視座があるなぁと思う。
漠然とした一見投げやりなシーンは、しかし観る者に
“キャスト”の心象を推し量らせるのだ。
デジャビュはよくよく思い返してみると
実は映画のワンシーンだったりするものだ。
見たものが記憶のファイルに納まるのなら、映画もテレビも
現実と一緒くたになることはままある。(時には人から聞いた話さえも)
「あなたの中にあるフィクション」はやがて
見てきたようなノンフィクションとして刷り込まれる可能性だって大いにある。
寺村さんはフリーの写真や自分で撮ったスナップなどを題材にしている。
題材そのものはリアルであるが絵に落とし込むことで
それは色彩と絵筆に媒介されフィクションになるはずである。
例えば脚本とは、それが実話であれば
劇空間を満たし観客と共有するためには
足し算や引き算も時には掛けたりもするもので、そのさじ加減で
初めて成立する高度な仕事だ。
嘘の話であれば本当にあったように見せる。
いや本当にあってもおかしくないように見せる。
フィクションに見るリアル。
ここに登場する人物は、表情が一瞬見せる
“本性”を見たような不穏な雰囲気を投げかける。

CIMG7081.jpg

白目がちの彼女の視線は向かって左の男性を見ているようで
同時に右側の男性をもあざ笑っているかに見える。
(この男性とおぼしき手前の肩が大きなミソ、と作家は言う。なるほどそうだ)
女性の顎の線は強い意志と“渡り合える”肝の座ったキャラとして
強烈な印象を残す。
この前後に何があったかはとてもコワくて想像できないほどに…。

CIMG7080.jpg

僕が、ジャームッシュを連想させた一枚の絵。
この角度で有り得るシチュエーションは中々だ。
中々というのは中々ありえない図だからだ。
なぜなら立っている場所は車道だからである。
では車から降りてきたのだろうか…
うーん、彼は車など元より要らない感じだ…
いやこれはターミナル前のタクシーから
暇つぶしに降りてきたドライバーか?
などと思いをめぐらす。
それもこれも絵が僕に囁くからだ。

CIMG7082.jpg

教壇に立つ白髪の教師。
緩慢な動作の一瞬。まばたきのタイミングの悪さの典型的シーン。
そのことがともかくも彼の冷めた熱意の一端を見せるハメになる。
さっさと終らせて家に帰って風呂に入ろう。
ほら、目の前の女子学生は隣の友達と話し込んでるしな…

日常のなんでもない場面を撮った写真の面白さとは
有り得ないようで有り得る、またその逆を
残酷にも切り取ってしまう一瞬にあるとしたら
寺村さんの絵もまた作家の“思い入れ”とは無縁の
“現象”を観客自身が一瞬の情報として楽しむという妙味あふれた
趣が伺えるものである。

有り体に言えば、
上手でなければ土台それも無理、ということで、
この人は巧いです。

CIMG7083.jpg

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