コピーはどう転んでも「言葉」。

Category : 浮世の「うっ!」
京都府知事選の啓発ポスターに一人憤慨していたことを思い出す。
(2010年3月25日のアーカイブのブログ → http://tree230.blog88.fc2.com/category8-1.html
また来た。
京都市長選の“それ”だ。
「やさしさ」だよね 「きずな」かな ときた。
なんでも男女の笑顔がハート形に見えるように配置したとのことだが…

市長選

なんでこうも京都選管が発注するポスターに
センスが微塵も感じられないのだろう。
知事選の時には(年甲斐もなく)憤りを何とか抜くために
選管のHPにその旨の書き込みをした。
「IMAGINE」は無いでしょう、イマジンは…
ほら、どこかの美容室のエントランスに貼られているアレ…のような。
すると「選管としてこれからの参考にさせていただきます」との
いかにも事務的で無愛想な返事が帰ってきた。
今回のアレンジしたデザイン文字も書体といい処理といい
お粗末な出来映えで、ひいき目に見てもボツったラフ案のひとつとしか映らない。

知事選

思えば参院選の啓発ポスターもヒドいものだった。
「ちょっといいことした気分♪」
どうです?
観光都市KYOTOテイストをそれとなしに盛り込みました風の
あざとさ。
「ねぇ、涼しげなのをひとつ頼みますよ」
そんな声がオリエンで聞こえてきそうな。

参議院

デザイナーやコピーライターを責めるつもりは毛頭ない。
これは決裁者の判断だ。
最初からボタンの掛け違ったコンセプトを求めているのである。
「やさしさ」や「きずな」は
これこそが普遍的な人類愛のキーワードだと言われれば、勿論否定するつもりはない。
が、例のみっともない大文字送り火騒動の顛末(結果はともかく)を見るにつけ
今更言えた義理か、とも思える。

ならば市長選選挙啓発に本当に必要な「言葉」とは何なのか。
「言葉」はこうしては印刷された瞬間からそこを動かない。
そこから微動だにしない怖さを秘めている。
「使いやすくて、やさしい言葉」は
だからこそ深い配慮と思惟がその“対象”に込められて然るべきであり、
またその“理由”が明快であることが求められるのである。

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