激しく、絶つ、眩む、堕ちていく刹那…「 八木 修平 ~ アクタラノバ ~ 」

Category : 現代美術シッタカぶり
3月31日→5月5日【 Kodama Gallery 】

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5月5日までの長期間の個展が早レビューアップ。
今まで無かったことです。
真冬並みの気温と強風の大荒れの中、
自転車で堀川北大路から河原町十条まで漕ぎ続けた甲斐があったというもの。
楽しみにはしていたが、実物を前にして、そのエネルギーのうねりと
画面を走る色彩の軌跡にたじろぐ、いや本当に…
過去の「Drive」「Fast Vehicle」と続く個展のタイトルは
まさにドライヴ感とそれに伴う一体感、連続することによって
わき起こるトリップ、疾走する心地良さ、高揚感を象徴するような
何物かによって引き起こされる陶酔感を表したもののようだ。

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この作品の魅力は、そのダイナミズムは勿論のこと、
繊細に大胆に一気呵成に描き上げた作家の力
(なんだかフォースと呼びたいような)に
これほど広いギャラリーの空気が全て呑み込まれている事である。
絵そのものから、これほどのベクトルを感じたことは
最近なかっただけに、ズンと腹に響く衝撃を受けた。
しかも色彩の使われ方にある規範(勿論作家にしかわからないが)が
伺い知れて、画面から統率感と絶妙の調和が見てとれる。
あらかじめマスキングテープで覆った画面に
方向も量も無視した怒濤が塗られる。
テープをはがして、また上から塗る。
別の方向から色が投げられる。
そこをナイフで剥ぐ。
下層の色を見せる。
この作業のリピートがやがて見た事も無いような
まるで雄叫びが聞こえてきそうな
これほどに複雑かつ強烈な画面を生み出した。
一見してどのように描いたかは想像し難い。
濃い薄いも力の加減もそこには確実に働いているはずなのに
なのに、思ったよりも押しつけがましさが無いのはなぜなんだろう。
この絵から苦悩や絶望は感じられない。
かといって愉しげな嬉々とした表情でもない。
むしろ儚げな刹那とでも言うのだろうか、
とんでもなく細やかな襞(ひだ)がそこに見える。
この絵の前には、この絵だから成し得、指し示せる
この絵だけの風格と品がある。
そのことに僕自身改めて驚いたのだ。
初めて目にする人はこれほどのエキセントリックな絵には
ああ、だから抽象って嫌いなんだよねといった
予定されたアレルギー(自家中毒的な)反応を如実に示すこともあろうかと思う。
が、5月5日までどっしりとここに展示されているのだから
二度三度と足を運んでいただきたい、と思う。
遠くから近くから、作品の速度に反比例してゆっくりと見て欲しい。
この絵には絶妙なる調和があると言ったが、
作家自身は手法について、それを意識していたとは思いにくい。
これは画面上に突出した“特徴的”な何かを
わざと見つけにくい構造にすることで結果的に
画面のどこをとっても同じ質量と力が加わっているようになったのだと思う。
作家には怒られるかも知れないが(また勝手にシッタカブリアン)
ジャクソン・ポロックの「オールオーヴァー」に近いものを感じるのだ。
それが先に言った調和であり「統一的焦点の追放」なのではないか。
逆もまた真なり、ではないが
この絵がトリップ感に満ちた色彩の洪水であるにも関わらず
八木さんならではのミニマリズムが感じられて、
あのスティーヴ・ライヒを聴きながら静かなトランス状態になる、
そんな体験をしたような気になるのは果たして僕だけだろうか。

さて今回のタイトル「アクタラノバ」。
なんか不可思議な意味でもありそうな、イカにも、といった風情ある言葉だが
どうやっても意味がわからなかったのは無理もない。
“アク”リル絵具を“垂ら”して“伸ば”す(プレスリリースより)の作家の造語であった。

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