欠くべからざる襞(ひだ)を見る…「 室谷 博美 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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4月7日→4月21日【 ギャラリーギャラリー 】

テキスタイルの中にファイバーアートというジャンルがあるのか、
すでに、そもそも元はファイバーではないか、という論点からすると
テキスタイルという名称は結構、窮屈な感じもする。
織物・布地という本来の意味でのテキスタイルが
発展的に「着衣」に向かうとすれば確かに狭義だ。
というのも「日本現代ファイバーアート展」と銘打った展覧会の
出展作家などの作品を見れば、
先の「元々は繊維なのだ」のニュアンスがもうこれでもかと溢れ出て、
もうこれについては深くは考えないでおこうか、などと思ったりする。
糸(繊維)状のアレンジ、織物のアレンジ、染めのアレンジ、
それらを組み合わせた構造物、または巨大な綿布のオブジェ、
また紙や金属、プラスティック、クモの糸だって繊維状の一種と考えれば
全部ファイバーアートと言える。
クモの糸と言えば、昨日の新聞で
ストラディバリウスにクモの糸を張って演奏したら
今までにない音だったとの記事。
一本の弦についてクモの糸を1万本使ったとか。
これ自動演奏機かなんか作ってインスタレーションしたら
やっぱりファイバーアートってことになるのかなぁ、
などとまだ先の話題に引っ張られている。



さて、今回の室谷さんの展示は、時折訪れるこのギャラリーにしては
作品のレイアウトや高さも意外で、まるで違う場所に来たような錯覚。
室谷さんは「制作している時の目線を展示に反映させたかった」と語る。
このギャラリーがある、建築ファンには垂涎ものの
「寿ビルディング」の竣工は1927年。
そしてギャラリーオープンは30年以上も前に遡る。
ホワイトキューブというのではなく、きしむ床の音も懐かしい
白塗りの教室のような佇まいの中での展示は
西側の磨りガラス窓からの自然光で作品の表情が様々に変化する仕掛け。
お邪魔した日はカメラマンの方が撮影されていて
室内の照明は全て落とされていたので、この表情は全て自然光のみです。
できればスポットが当たっているのも見たかったのですが…
まるで風なびく稲穂のようにも、
深海に棲息する知られざる生物が海流に揺られるほんの一瞬を
切り取ったようにも見える。
この群生は穏やかな印象、つまり見る側が素直に受容できる作品として右にあれば、
左側には有機体が不穏にうごめくイメージをしっかり放つ。
得てしてファイバーアートにはエコロジー主義的なニュアンス、
自然回帰に制作の傾向を求めるタイプがあって、
そこに着地すると同時にフォルムの面白さや多くの観客が期待するであろう、
エキセントリックな表現や強烈なメッセージ性が薄れ、
職人的な“手わざ”に終始するケースが多いと、シッタカブリアンは思ったりする。
勿論、漆工にも木工にも言えることだが
基本的な技術力が備わっているからこそ、想いをカタチにするための
道筋はできたりするのだが…。

会場に入った瞬間に自分の瞳孔がやんわり開いていく感じは
何回経験しても気持ちのよいものだ。
これはパーツ(というよりも一体)の集積作品であるから、
作家はひたすらに、カットし、シャーリングするという
ルーティンワークを強いられる。
約3,300本のXたちの総量は170cm×150mにもなる。
途中で何回も心が折れそうになったと語る室谷さん。
あらかじめギャラリーのサイズを把握し、
作品の体積ともいうべきボリュームを想定した時は
ある覚悟を持って挑む、といった心持ちだったに違いあるまい。

昆虫などの超拡大写真や逆の空撮写真が好きだと言う。
アングルを変えて見ると確かに“欠くべからざる襞(ひだ)”だ。
僕たちは豆粒人間になって「ミクロの決死圏」よろしく
想像の世界で漂うだけだ。

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