漆も驚いたミスマッチ大賞…「石塚源太個展 塗面の次元」

Category : 現代美術シッタカぶり
石塚2

3月17日→3月22日【アートスペース虹】
Hiromi GO風に「ジャペーン!」漆三様…その参

黒く重くぬめっとした正方形の大型パネル。
そこに花火のような、あるいは花弁のように幾何学的な放射状のレイアウト。
白く鈍く輝いているそれは、
大小のカッターの刃、ねじのパーツ、ホチキスの針などの金属片である。
漆とは縁のない環境から、芸大で素材として出会うという
「幸運な視点のズレ」は例えて言えば、
鉄棒にぶら下がって風景を見るような軽いショックを見る者に与える。
一種のコロンブスの卵的発想に基づく、これらの漆黒のパネルは
あまたある漆工芸の中でひときわ異彩を放つ。

石塚

滑らかさを「漆の美徳」と言うのなら
この小さなパーツたちもまた、鋭利と精度が美徳の条件である。
漆の独特な手触りの中に潜むステンレスの鋭利そのものが
彼が置き換えた一種のメッセージである。

いつも思うのは、ギャラリーの扉を開けて
足を踏み入れて、言葉につまる、その瞬間が好きだ。
そのために行くようなものである。
決まって、そんな出会いには「明快さ」と「突抜感」がみなぎっている。

これは誰が何と言おうと彼の発見であり挑戦だ。
この漆黒の面に閉じ込めた金属片は、おそらく誰でもが素性を知っている。
そう、世界中の人が知っている、高々の、ただのカッターの刃。
ゆえに、これはとてもインターナショナルな
「URUSHIのプレゼンテーション」なのである。
彼にその事を告げると、思いもよらなかったという笑顔が返ってきた。

長い歴史に中で、また漆自身も「方法」としての可能性を
さまざまな形を借りて追求されてきたが
新しい概念によって、漆の未来は楽しいものになるはずである。

今週は奇しくも三人の現代アートの旗手たちの
漆巡りをさせてもらった。
自由闊達な気風を惜しげも無く放電する若い力に触れるたびに、
ささやかながら我が身の右脳に住む小さな創造主が
ちびたキャンドルに火を灯してくれる。


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Comment

漆は取り組む人によって 性格を変えます。大きく 加色、成形の2つに特性が分けられますが、あえて この三人の作家さん達に問うてみたい。なぜ漆なのかを。
単純にパネルの加色であるならば 漆の必要は無いように思える。
なぜ 漆なのだろうか。。。否定する意味ではなく 肯定的に 教えを乞いたい。 

→伊万里さん

漆工芸は(それぞれそうなんでしょうが)とても時間がかかると聞きます。この彼にしてもパネルを磨くにとんでもない時間をかけたとおっしゃってました。この「向き合う」ことに尽きると思います。
漆とパーツとの取り合わせはむやみに常識(良識?)を壊すのではなく、漆工芸そのものに次元の違う概念を吹き込むものです。それについての加色はやはり、この漆でなければなりません。漆だから意味を成すのです。彼も、そしてモノノケの彼も伝統工芸家になるべく修行をつんでいる最中ということです。奇しくも同じ大学の同じ学科だそうで、これは実に頼もしいことです。アートの一端はやはり「技術の体得」から始まるのですから。

なるほどです。
実物を この目で見てみたい。
それに つきます。
新しい漆の可能性 非常に面白いですし 興味大です。
さすが 京都です。
製作と制作の狭間にいらっしゃる 作家さん達に 大いにエールを送りたい。
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