河の底からわき上がる画材力 …「 河の物語  小鑓 康子 展 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2012. 07/24 → 07/29【 ギャラリー恵風 】

日本画を見るたびに“画材の力”を感じる。
そして作家もまた、画材の力を信じて絵筆をとるのではないだろうか。
小鑓さんの新作は作業場近くを流れる宇治川にテーマをとったもの。
ひとときも同じ表情を見せることのない揺らぎに
一度、身をゆだねてみる。
そんな作風の大作が並ぶ。
画面を挟むように黒く貼られているのは箔を焼いたもの。
とても薄いので下地の微妙な起伏も反映される。
それがこの独特の風合いを醸し出している。
説明をうかがっても日本画の知識など全くないシッタカは
その制作過程そのものを中々理解し得ないようだ。
日本画の画材は動植物、鉱物、金属と出自がそれぞれに違うために
一筋縄ではいかない。
とても扱いにくい。
それぞれの性格を知っておく必要があるというわけだ。
好きに描く、といったわけにはいかない。
ある種の不自由さやルール、セオリーが厳然と横たわっていて
直感的に支持体に向かっていくというよりも
まずは職人的技法を習得する“仕事”ありきなのである。
この「しくみ」とも言うべき下地があるからこそ
一見荒々しいように見える画面の中に
実に繊細に積み重ねられた表情がうかがえる。
くしゃくしゃに揉んだ紙はそのまま作品に半立体的な効果を与えつつ、
河の一瞬とも止むことのない動きをダイナミックに映す。

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小鑓さんのシリーズに、人物が画面に巧妙な効果を与えている作品がある。
シッタカは作品集のファイルのそのシリーズに見入ってしまい、
過去に個展にうかがえなかったことを今更ながら後悔する。
そのシリーズの流れを汲む作品が一点今回も展示されていて、
やはり実物のインパクトは相当なものだった。
これは人物が置かれる“タイミング”を推し量る力とでも言うか、
「人物と背景」という二つの要素そのものに
さほどの意味は成さないと、シッタカは勝手に見解をした。
ファイルを見ていくうちに「?」と思えたのは
大友克洋のテイストが随所に感じられたこと。
尋ねては失礼かと思いながらも
「アニメや漫画に興味ありますか」と訊くと
「ほとんど見ない」とのこと。
シッタカの予想は外れたな、と思いつつ、
大友の名を出すと「好きです」の一言。
特に初期のものが好きで(シッタカも全く激しく同意)
小鑓さんは「もしかして潜在的に影響されているのかなぁ、
考えたことも言われたこともなかった」と仰っていた。
読みは的中であった。
この、カチッと構築された人物シリーズから一転、
画材側、あるいは制作過程に於ける偶然に
まかせてみたら、という発想があって今回の新作が生まれた。
つまるところ「あちら側の力」というのは
先に述べた画材力に負うところが大きいのではないか。
変化していく成り行きを見守りながら
小鑓さんは墨で輪郭をとり、
さぞ気持ちよく描かれたに違いあるまい。
画家の発想というのは「生きていく自分」を
具体化するためのオリエンテーションであり、
作品というのはそれに限りなく近づき、実現する
視覚化したプレゼンテーションであり、
ミッションなのだと改めて思った。
そして画材によって「日本画」と呼称されるカテゴリーの
奥深さを感じ入った一日だった。

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