「 C.C.T. vol.98 」

Category : パフォーマンス見聞
2012. 9月1日 → 9月2日 【アトリエ劇研】

演劇、ダンス、音響と、カブらない構成の試演会。

まずは村川拓也さんの「印象の人」。
舞台中央にイヤホンで音楽を訊いている一人の男性を立たせ、
観客一人ひとり全てにその男性の第一印象を端的に答えてもらう。
性格でも動物でもモノでも構わない。
次に男性はイヤホンを付けたまま、年齢、住所、勤務先などの自己紹介を始める。
次にもう一度彼の印象を観客に尋ね直す。
一通り済むと彼はイヤホンを外し舞台に横になる。
そこで観客が答えた内容が全て再生される。
そしてフィニッシュ…
「言葉の生成過程と発語された言葉の取り消せなさ」についての作品。
当初の印象と本人による事実を知った後の印象のズレ。
発した言葉は修正できないし、責任も伴う。
まさか答えた印象が本人の前で再生されるとは観客も思ってはいない。
その意外性をも観客は客観的に受けとめ、ややたじろぐ。
人や風景を目の当たりにして、どういう言葉が発せられるか。
言い当てられない言葉の成分となぜ、言い当てられないのかの検証。
これからさらに進化し、精錬される「印象と言葉」。
それにしても村川さんの「ツァイトゲーバー」に行きたくて、
結局行けなかったことが相当悔しくてならない…私です。

次は野渕杏子+増田美佳さんのダンス、「waltwo」。
共に京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科 舞台芸術コース3期生だが、
卒業後はそれぞれが別々に活動、一緒に踊る機会がなかったために
お互いが培ってきたものを持ち合いながら新しい作品づくりに取り組む。
人体の構成物である皮膚、筋肉、骨、臓器などを
パートに分けて、それぞれ表現したもの。
ダンサーとは己の肉体の可能性を表現手段に選んだパフォーマー、
と言うと乱暴だが、結局はこの「身体構造」に立ち返っていく。
お二人とも“形”から入ったものではないダンスを
(例えばクラシックとかモダンバレエとかの)されているので
検証の意味も含めて、自身がコントロールできない動きというものを
人体を構成する様々なパーツになぞらえてテーマとした。
あえて「魂」のシーンもあり、思った通り、誰も舞台には出て来なかった。
ダンサーにとって普遍的テーマであり、武器である肉体の弛緩を
わかりやすい題材で見せていただいた。

見ていて多分同じようなことを思った人も、また実際に行われている、
“ダンスは圧倒的に健常者側の表現であるという”「一般的な」定説への検証として、
“コントロールできない弛緩”を日常的に経験する身障者とのセッションを
通じて、ダンスが“モットー”としているところの
言語を超えたコミュニケーション(建て前としての、ではない)を
成立させるパフォーマンスを考えてみた。
それはそのまま「2012京都舞台芸術祭」のプログラムにある
「砂連尾理/劇団ティクバ+循環プロジェクト」なのだろうと思う。
話しはそれたが、一貫して流れていた「テネシーワルツ」は
野渕さんが見た「永遠の語らい」という映画にインスパイアされたもの。
違う母国語を持つ複数の女性が互いに通じなくとも喜怒哀楽を共有するという話で
ではあらゆる言語で歌われている曲は…ということで選ばれ、
また「two」と「waltz 」の韻を踏んだタイトルとなっているのも面白かった。

最後はサウンド・インスタレーションともいうべき、
DJ小窓さんの「横断の調べ #1」。
2003年以降、マレビトの会の全作品に音響として参加されているDJ小窓さんが
「音側からのアプローチ」で演劇を構成すべく試演されたもの。
音素材は福島(今ではFUKUSHIMAの方が現実感がある)の生音である。
遠い場所で記録した音を劇場で再生することで演劇的なことを共有できないだろうか」
というのが狙いである。
実はシッタカが一番興味を持ったのがこのプログラムだった。
果たしてどう演劇的な表現を“持ち込めるのか”という…。
むき出しのスピーカーやメガフォンが設置されたいつものアトリエ劇研の舞台。
約30分の間、その妙に白々しい舞台を見ながら(勝手に目をつむっても差し支えないのだが)
観客はある意味、放っておかれる。
現地に赴き、現場の音を拾い、ここで再現するのには
もっと「演出」を施すべきだったと考える。
演劇的であるということは仮想であるということ。
だってここで聴いている僕たちは現場へ行ってもいないし、
その場の空気も吸っていない。だからこそ演出が必要なのだ。
だってそれはどこまでいっても人間にとって「編集され再生された音」だからだ。
演出のない音響表現は茶の間でYouTubeを見聞きしているのと大差ないと思うのだが…
何らかの形でこの「FUKUSHIMA」を題材にとった作品が発表されるのだが、
演劇にはもれなく「効果」がセットされることをここで
再認識した。

試演というのはそれなりに面白い。
全ては、ものは試しに、だ。
恐れずに試みるということ、
これ、自分にもあてはめてみようか…
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