朗読サロン「響」10月

Category : ワークショップ・朗読
ギャラリーをまわっているうちに時間に遅れてしまい
最初の方の半分ほどを聞きそこねてしまった。
「川とノリオ」を朗読された方は目の不自由な女性。
点字を指で追いながら、一点の澱みもなく実に滑らか。
この話は6年生の教科書にある話のようで
検索してみても、教師側からの指導や内容の把握などが多い。
父を戦争で亡くし、母を原爆で失うという少年の健気な描写は
淡々としているだけに痛ましい。
小学6年生の児童に伝える一種の「反戦」ものとしては
いささか状況描写に欠けるところもあるとする読者もいた。
戦争をかっこいいとかスリリングだとかのイメージでとらえている
いわゆる「男子」独特の感覚を払拭するためにも
国策としての戦争がどんなものだったかをわかりやすく伝えることも
“この手”の話には必要ではないかと書かれていた。

田辺聖子の「オジサンとオバサンの違い」はさらっとコンパクトに
エッセイを切り取り、会場は笑いに包まれていた。
思い当たる節だらけの年代の方たちだけに。

小松左京のオチつきのSF話に続いて
三人で「回し読み」の朗読。45分ほどもあっただろうか。
むら山豊という京都出身の詩人のもので
詩と言うより散文に近く、作者の実母の痴呆症(当時の呼び名)についての
リアルで切実な内容に、僕などは知らぬうち何度も頷いていた。
ゆっくり階段を降りていくこと…
転がり落ちぬように、ゆっくりと…
食事、会話、ディサービス、ロングステイ、発作、入院、そして鬼籍に入る母。
作者の、子としての深く、複雑な思い、また詩人としての柔らかな視点で
語られる“壊れ行く”母。

45人も来られて、この会場ももはや飽和状態。
朗読する側が人を呼べないほどに大盛況。
お客さんの中には紙芝居をされる方もいて
来年にはここでしたいとおっしゃっていた。
朗読の形にとらわれない新しいものが生まれてきたらいいのにと切に思う。
朗読を“朗読的世界”の升の中に閉じ込めてはいけない。
もっと自由に、朗読を。

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