バラして組み上げる…「 再生/メード・イン・ジャパン 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2012. 10月2日→ 10月14日【 KUNST / ARZT 】

物質が破壊されたり解体された末に予想しえない状態や形を現すことがある。
その断片なり部品 = 部分から、もう一つの全体へと再生され、
そこにアートの息吹が加えられたとき、元は同じであっても全く異なる
新たなオリジナルが生まれるのである。(ステートメントより)

5名の作家による今井祝雄氏の企画による展覧会。

予期せずして起こった3.11からの決定的な命題は
とりもなおさず、この「再生」であった。
現代用語としての「再生」はそのニュアンスを
「希望」「協調」から「停滞」「至難」「混沌」といった
切実な重力を伴った言葉に変換させている。
再生とは過去を検証し、再考しながら大きな学習を強いる。
もちろん同じ轍を踏まないといった経験から
人々はより良き未来を信じ、災いを福と転じる力が不可欠なことも知っている。
これは現代美術に於いても繰り返し成されてきた試みではなかろうか。
テーマとして、これほど奥行きのあるものも少ない。
至極乱暴な言い方だが、
或る側面で、人生とは再生を繰り返しながら送るものでもある、と言える。

さて今回は、解体したりされたりした断片や部分から
新たな形を提示して見せる蒼々たる5人のアーティストたちの作品が楽しめる展覧会。
どれもピリッとシャープ、とか何とか書くとなんと
語彙の貧困なヤツと笑われるが、
有りがちな、はったりめいた“ポーズ”のない作品が並ぶ。

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今井さんの「分身の術−福助」。
1. 陶器の福助人形から雌型をとる。
2. 福助人形を割る。
3. その20の陶片を内側から元にあった通りに添わせる。
4. 雌型に樹脂石膏を流し込んで成型する。

“いい具合”な割れ方に出会うために福助を相当数割ったらしい。
作品はまるで福助に白いコーティングを施したように見える。
福助再生は20個に及び、福助細胞はそれぞれに再生する。
ご利益のほど如何ばかりか図りかねるが、
誰もが認識する“商いのエンジェル”とも言える
愛すべきアイコンの福助が一列に鎮座する。
こうして改めて見てみると、福助そのものは愛想も愛嬌も薄い
実に淡白な表情をしている。
商売繁盛のシンボルとして知られる福助の由来は
諸説さまざまであるが、シッタカは、
叶福助(かのうふくすけ)という年齢不詳の童顔の大人が
これがまた廓通いの好色で、大黒天の娘の「吉祥天女」と結婚し、
「おかめ」「おたふく」などの愛人を持つという、
荒俣宏の説が一番好きである。
一番らしくないのに、なるほどと落ちてしまうプロフィールである。





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驚異の、という前置きが一番似合う美術家である榎忠さんの作品「PATRONE-35」。
パトローネとは35ミリカメラ用のロールフィルムをパッケージして
カメラ本体に装填する遮光容器。
(そのうち、こんなの見たことないよと言われる時代が来るんだろうなぁ…)
カメラの裏蓋を開けて装填する各社のパトローネのデザインの
何とキュートなこと!
今様だったら無印っぽく、プレーンなデザイン処理になっているとこを
昔の会社はこんな所にまで「見せる、見られる」ことを過剰なほどに意識していた。
本来は総重量14トン!もの大量のパトローネを使用した作品だったようだ。
産廃処理場で仕入れた御用済の「鎧」が圧縮されている作品もまた、
“関係者、業界の人間”にとっては感慨もひとしおであろう。





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しばたゆりさんの「Material Colors」シリーズは
モチーフを粉砕した顔料で描いた作品。
日本人女性の黒髪と陶製の皿を画材としたもの。
「そのモノ自体」で描く「そのモノの容貌」。
ギャラリーにあった展覧会のカタログを見ると、
なんと剥製を“壊して”画材にしたものもあった。
その動物の剥製で描いたその動物。
この至って直接的かつ端的な着想が、見るものの五感を静かに震わせる。
有機無機に関わらず、当然あるべき人とモノとの距離感が縮み、
作家によってモアレのようになって柔らかく“襲い”かかる。
再生というテーマに最もダイレクトに響く作品に思えた。





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文承根さんは30年前に胆嚢ガンで34歳の若さでお亡くなりになった。
独学にて油彩、水彩、版画、立体、写真、映像まで手掛けられた
マルチアーティスト。
ポートレートを拝見。端正な顔立ちの好男子。
アクリルケースにひとつの鉄の球体。
活字球と「活字球」による版画。
無数の漢字やひらがなを刻印した球体オブジェだが
おそらくは活版印刷の鉛の活字を材料にしたものだろう。
インクをつけて転がすと勝手に様々な文字が紙(粘土もあったらしい)に
印字?されて、解読不明なフレーズというか文様が記される。
1973年“ごろ”という制作年を鑑みれば、なるほど…なるほど…
全くその頃の現代美術に無知なシッタカはしばらくは
その頃に思いを馳せたスレなどを検索しては読みかじってみたいと思う。





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そしてギャラリー代表者であり、
“あの”(ご本人は「こういうところで自分の作品を出したくなかったが…」と苦笑されていた)
バッタもんの岡本さん。
久しぶりに見るバッタもんだが、いつ見ても鮮度が変わらないのは
このお茶目なオブジェたちがもたらした問題提起の普遍性にあると勝手にシッタカぶる。
ことさらに「ブランド信望、信仰」との関連性のみを強調するわけではなく、
岡本さんというアーティストの視座にある“突き詰め方”そのものに
現代人の盲点や微弱なマヒ感覚が反映されているからだ。

岡本さんのオフィシャルサイト→ http://okamotomitsuhiro.com/page/w/battamon/BATTAmons.htm
シッタカブログ→ http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-421.html

その顛末は上記のサイトでごゆっくり堪能していただきたい。

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