失意と失敗の日々、そして温かな…「スナッパー」「ヴァン」

Category : 100円本雑読乱読
スナッパー

ヴァン

ブッカー賞受賞アイルランド人作家、ロディ・ドイルの
バリータウン三部作のうちの後の二作である。
僕は逆から読んでいってしまったので
まだ一作目の「おれたち、ザ・コミットメンツ」を
読んでないという、体たらくだがお許し頂きたい。
この「なんということのない」日常を、話のほとんどを会話で占める小説は
劇的な展開も、感心するような教訓も、人間の崇高な輝きもない。
あるのはオヤジとガキ、ワーキングクラスヒーローたちの
たわいもないパブでの話、EUの平均を遥かに上回る失業率のもとで
あせっているのか、呑気なのかよくわからない
誠にその場しのぎといった連中たちの日常が描かれている、
それだけの小説。なのに面白い。
バリータウンという架空の街の名はスティーリー・ダンの
「バリータウンから来た男」からとられ、歌詞の
「バリータウンの人々はアナザー・ワールド」からやってきた…」という一節が
見事にこの小説の特徴を表している。
ここはささやかな(?)小さな治外法権の街。
彼らだけにしか解らない会話が成立する、不思議と楽しい
絶叫マシンの無いのテーマパークのようなものだ。

スナッパーはアイルランドのスラングで赤ん坊のことを言う。
自分の娘、それもまだ二十歳になったばかり。
妊娠している。
ここで普通なら父親を引っ張り出すか(こんなせまい街ならなおさら簡単だ)
産むか、産まざるべきかの二択を選ぶ苦悩する娘や、いかに…
となりそうなものだが、ここでは鼻から「産む」のである。
全てが肯定的に動くのだ。議論の余地などない。
それはカトリック教の国であるアイルランドは憲法で
中絶が禁止されているからである。
この現代社会において一定の矛盾をはらんだ
テーマ(様々な意味において)については全く触れない。
女性の社会的な地位やら、法律的なものに対する反発心やら、
シングルマザーについての覚悟やら、そんなものは一切浮かんで来ない。
あるのは妊娠を知った父のうろたえと、娘を売女呼ばわりする奴は
許さない、生かしておけないとでもいう「娘への愛」である。
しかし、その相手はなんと向かいの家のオヤジである。
これは大事件であり、街にいられないほどの屈辱ものである。
しかし、娘は最後まで言わず、また両親も問いただそうとしない。
出来ちまったものは仕方がない…万事がこの調子。
それよりも母子ともに健康であって欲しいと願う「博愛」に満ちている。
なんせ、6人の子持ちである。アイルランドでは決して多い方ではないらしい。
このスナッパーではまだ下の子たちも小さいために、両親によくなつき、
それぞれに仲良く、家族は一団となり、一丸となって、互いに支え合って生きている。
多少の生意気ぶりも悪態ぶりも、
バリータウンが労働階級の街であることを考えればむしろ自然である。
二作目の本作はやはり、三作目へのプロローグとして読んだ方がよい。
始まり方も終わり方も実に“けれん味”のない淡々とした書きっぷりである。
続く「ヴァン」はやがて失業した一家の主が
車で屋台商売を仲間と画策。一ヶ月後のサッカーのワールドカップを見込んで
荒稼ぎしようと目論むのだが…。
自身喪失のオヤジ(一作目では、このオヤジがメインでR&Bバンド作りの顛末が
描かれている)と相棒との友情や老い、ワールドカップがキーワードとなって
ちょっとペーソス、ちょっとアブナく、ちょっと(いや、かなり)下品な
フツーの人々の「かったるい」日々が(空回りの希望)紡がれていくのである。
そう、フツーの人の日常なんて見るべきものは無い、と思われる方は
こんな人たちの感覚、つまり喜怒哀楽こそが
遠く、習慣も違う「愛すべきバリータウンの住人たち」をあなたのすぐ隣に
引き寄せてしまう魔力そのものなのだと知る。
馬鹿馬鹿しさに彩られた気まぐれという連続…
僕たちの毎日を俯瞰してみると、そんなものなのかも。

アイルランドは行きたい国の一つであるけれど
それはあくまで音楽的な入り口から背をかがめて、覗いたというに過ぎない。
ロックにせよ、アイリッシュミュージックにせよ、
そこに感じられるのはアイルランドならではの苦痛と主張である。
この国の歴史を知ると、アメリカへの移民は悲惨な動機であったばかりか
一作目は若かりし主人公であった「オヤジ」のこんなフレーズに釘付けになる。
「おれたちアイルランド人はヨーロッパの黒人なんだ」



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Comment

文化や慣習などまるで違う人たちの日常を覗いてみるのもいいものかもしれませんね。「~でなければならない」に無意識に縛られているけど、~が違う世界っていいね。 しかし、denさんって上手いねぇ~!読んでみたくなったわ。

→葉菜子さん

アイルランドは行きたい国です。
この国のことをかじるうちに
アメリカへの移民や黒人差別をした側に
まわっていた彼らの「生き抜き方」というものに
時代の悲惨さを感じます。
この本にはそんな気配はみじんもありません。
ゆるくて、楽天的な彼らの生活ぶりに
苦笑する、そんな本です。ぜひ、どうぞ!
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