開く、閉じる。

Category : 浮世の「うっ!」
5月は開くと閉じるが一緒になった月。

まだ生まれて2週間そこそこの孫。
そして今日から閉鎖病棟に移動になった母。
思えばこの3年半ほどは、自分の“予定生活”の中に
おぼろげながらも母の姿が見えたり消えたりしていた。
しかし頭の隅の方であったかと言うと決してそうではなかった。
十分すぎるほどに彼女のために時間を割いたし、
駆け回った。

独居 → 転倒骨折 → 入院 → 退院 → ディケアとヘルパー → 独居生活不可能 →
介護老人保健施設入所 → 胸痛で入院 → 退院 → 老健再入所 → 老健でのフォロー不可能 →
療養病棟へ移動 → 介護療養型医療施設へ医療保護入院(精神障害)…

ざっとこのような展開である。
今日も主治医、クローク、ケアマネ、栄養士に順に説明を受ける。
約2時間。
全く以前と違うのは「保護者選任申立書」があること。
入院に際して保護者の同意が必要であり、この場合の保護者とは
患者と戸籍上三親等以内と定められている。
然るべき書類を揃えて家庭裁判所に出向き、交付。
折り返し「審判書」が届く。20日以内に病院まで持参。
ここで建前上、初めて入院と認められる。
成年後見ほど厳しくはないが、
やはり互いの“素性”を確認した上でないと入院できない仕組みになっている。
それは精神保健指定医の診察の結果“医療保護入院”したからである。

閉鎖病棟とは言え、先の療養病棟よりはるかに雰囲気も明るく
レクリエーションも定期的にある。

移動の時に看護士に訊く。不穏な行動はあったか?
どうやら今度は昼食のおかずに
ティッシュペーパーを山ほどちぎって入れて
食べようとしたようである。
徘徊するが自分がどこに居るか皆目見当がつかない。
1分ももたない記憶。

開こうとする命。
やがて歩こうとする足。
閉じようとする生活。
歩けなくする足。

長く生きることとは何だろう。
淡い記憶と虚ろな瞳。
何も明快なものなど実感できない日常。

結局、人は業を背負いながら生きる宿命にある。
その業の深さに人智の及ばぬ“何か”が反応している。

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