青年と仕事。

Category : 浮世の「うっ!」
なんでもがむしゃらに10年やれば、そこそこの腕前になる。
さて、これはお稽古事のことではない。
仕事の話である。

「仕事に何を求めるのか」
もう現在の不況下であえぐ若者たちに
この質問そのものの意味も変化してしまった。
驚いたのは若者にどんな会社がいいかと訊けば、
「終身雇用がいいだの」だの「成果主義は嫌」だの
「給料よりも自分らしく生きたい」だのと
おおよそ“若者”らしくない答えが次々と返ってくる。
おっと、若者らしいって何ですか?と突っ込まれそうだが
経済と(大袈裟に言えば)生き方との密接な関係は
こうしてネガティブな反応となる。

“イクメン”を広めたいと厚労省大臣はのたまう。
街頭インタビューで若妻は隣りの気のよさそうなダンナを見て言う。
「お給料が少なくても育児してくれる方がいい」
給料と育児を一緒の土俵に上げて語ってしまうほどに“錯誤”している。
街を歩けば小幸せな若い夫婦とベビーカーの子ども。
今日びのダンナは妻にも子にもとても面倒見がいい。
“仕事にかまけて”家族をかえりみなかった結果の離婚劇は
結構スタンダードな話だが、
これからは“かまける”仕事そのものも無いから
家族は至って平和なのだろう。

車も要らない、もちろん家なんて要らない。
今は安くていいもの、センスのいいものがふんだんにある。
だから生活自体はそこそこオシャレに演出できる。
つまり“欲”ってものが希薄になってきている。
その分、自分欲とも言える、よく言う“自分らしさ”や
そのための“自分探し”に躍起になる。

檜皮葺師、柿葺師(なんとも雅で匠チックな職名)である原田氏は言う。
「セミナーで若い人と話して感じるのは、
「自分らしさ」志向が顕著で、辟易するほど「自分探し」に固執することである。
自分が未熟であるにも拘らず「これも合わない」「あれも無理」と
自分の方から合わせようとする姿勢がみられない。
自分の価値観の幼さや職業観のもろさは棚上げにして、
都合が悪いと自分の世界に閉じこもろうとするから始末が悪い。」

危機的状況を呈している日本経済そのものに原因があるのは確かだが
「個としての私」よりも
「社会や企業の構造に原因があるとする経済難民としての私たち」に集約されて、
そこから議論が始まるというのは、
生き方についての個性や価値観というものさえ剥奪してしまう恐れがある。

ところで、“がむしゃら”は「我武者羅」と書く。
歴女が好きそうな字面なのだが…
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