最後の「言霊」に出会う…「珠玉 開高健」

Category : 100円本雑読乱読
珠玉

開高健を手にしなくなってから何年が経つか。
「輝ける闇」の、尋常ではない環境の中で、
わが身が野放しにされる、その恐怖と死を孕んだ狂気の世界は、
彼の世界に引きずり込まれたきっかけを作ってくれた。
従軍記者として戦地に赴いた彼を待っていたのは
200人の兵士の中で生き残ったのが17人という絶後の状況だった。
この地獄から這い上がってきた作家は
現実を、それも彼の地で平然と繰り返し行われている「戦争の必然」を
体感したためにいわゆる小説というものから遠ざかってしまう。
グルメと酒と釣りにまみれたエピキュリアンとなり、
煩悩を愛でる好々爺のようになってしまった。

思えば若かりし頃、これもご多分に漏れず、
本読み友達に影響されて読みはじめた開高。
当時は読んでないと、知らないと“いけない”作家達が
書店の奥の方に鎮座していたものである。
今、書店に行く気もうせるほどに“イージーライター”たちの
筆圧の無い小説がずらりと並ぶ(ように見える)。

僕の仕事場の本棚に並ぶ開高の作品はどれも黄ばんでいる。
今、全部を読み返す時間と欲を持つことができたら
僕の目は少しは、せせらぎのように澄んでくれるだろうか。
いや、まずは受け入れるためには、柔らかな羊の腸でできた
容れ物のようなアタマが必要だ。

ダイナミズムとダンディとダーティとを、どれも嫌味にならないほどに
持ち合わせた彼の絶筆が本書である。
この新刊を古本市で手に取った時の自信無さげな自分に気がつく。
今こそ開高なのか…これはもう一度“純文学”を読み直せという
啓示なのかも知れない、と。
その装丁の作り込みの良さに、
それこそこの小説に出て来る石のように両手の中で転がしてみる。
実に品の良い、厚みも重さも丁度の頃合いである。

3話から成る「石」を巡る、いや石に捕らえられた男の話。
まだカットもしていない石を手の中で遊ばせている様が実に良い。
行間からチラチラと乱反射する光の筋がこちらめがけて
モールスを送っているような気分にさえなる。
アクアマリン、ガーネット、ムーンストーン…
小さな石をひとつだけポケットに入れて初夏のどこぞへ長い散歩。
時折、取り出しては眺め、ため息なぞつきながら
行き当たりばったりの縄のれんをくぐる。

1930年生まれの開高はジャーナリストとして、
そして山崎の名コピーの作者としての経歴を見事に
文学に反映させた希有な作家ではないだろうか。
しかも戦後焼跡と闇市のカオスの中をくぐり抜けた年代。
1933年生まれの渡辺淳一(ここで出すのもなんだが)は、
いつの間にかポルノ作家の称号をいただき
超軟派として今だファンが多い作家である。
渡辺を戦後作家と呼ぶつもりもないほどの変貌は
開高には無い。正直である。狡猾さえも美しくさせるほどの
言葉の力にみなぎっている。しかも優しく…

3話それぞれに、日本語のあるべき姿を垣間みるような
冷厳とも言える格調の高さが感じられるのは…ほめ過ぎか。
3話目などはどこまでがフィクションか、事実かのボーダーラインに
グラデーションがかかり、読む者のイマジネーションを刺激する。
登場する新聞社家庭部の女性社員との情事は
おそらく渡辺とは対角の“愉悦”を美しく、
けれんみのない文章力で、実に楽しく読ませる。

読みにくいと言われる作家のひとりではあるが
読んだ“甲斐”が倍の余韻となって響く作家でもある。


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Comment

開高健、彼が逝って すでに20年。
なぜだか 今 又 読み直しています。
昔 する~っと すり抜けていった文章に 度々引っかかる自分がいて
彼の文章に切り付けられたり 撫ぜられたり なかなか最後までたどり着かない。
読み終わるのが もったいないというか 立ち止まり 味わっている自分がいる。
あの言葉使いの巧みさ、素晴らしいと思う。
軽いエッセーでさえ 侮れ無い作家であると思う。
彼の文章は万華鏡のようだ。

→伊万里さん

初めて目にする語彙が数多く出てくる彼の本。
そのどれもが「端麗」です。
今、彼ほどの筆力のある作家が居ないのが
残念です。
娘さんのエッセイも読んだことありますが
本を出すには(その時点では)
時期尚早のような気もしました。
広告ライターとしての彼のあまりある才能は
(皮肉にも企業の片棒担ぎとしての)
この本を最後に閉じられました。
しかし、また読むことができた出会いに
感謝します。
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