「 梅原 育子 〜 豆の木 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2013.5.28 → 6.9【 Gallery Maronie space5 】

梅原さんのそれは、いつもプクッとしていて、
ニョキっと立っていて、プワワンとそこにある。
だから表札なしでわかる。
決して深刻にならない、というよりもならせない面差しがある。
陶芸作家が窯の前でぎゅっと心を絞らせて、
それを待っているような、触れられない気配を漂わすという印象が
少なくとも僕にはない。
しかし、そこはそこ。
賭けているんでしょう、生まれいづるプクッとした顔立ちを。
幾度か見る梅原作品はいつも僕にふわっとした時間をくださる。
そう、くださる、というのがふさわしい。

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↑白い模様は塩を振りかけた跡。

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↑表面のざらざらは畑の土をまぶした跡!

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↑たのしい景色。まるで空撮のよう。

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↑塔のようなオブジェは横にして焼いています。

3つの会場から構成されているこのギャラリーで
唯一、スペースと銘打った会場はコンクリート打ちっぱなし、
高さ4.5mのドームを持ち、独特の空気感を放つ。
強い臨場感のあるギャラリースペースである。
ややもすれば負けそうになるこの場所で
飄々とのほほんと梅原さんのカタチは納まり良く、
この場所で昔からそこに居るように、なんだかお行儀もいい。
でも誰も居ない夜のしじまに、ガサガサと動き回りながら、
互いに語り合う姿もまた想像できるほどに
愉楽を感じさせてくれる陶芸である。

梅原さんのお話し。
なんでも縄文時代は男は養うために狩りに出て、
器作りは女の仕事だった。
乳飲み子を背負いながら、手びねりでせっせと食器を作っていた。
だからあの時代の土器は女性の美的感覚が
存分に発揮されたものといって差し支えない。
「私も子どもおぶって野焼きしてみたいですねぇ」と。
「横にビールなんか置いてね」と僕。
実はこの作品は「野焼き」という製法で焼かれた陶芸作品である。
畑で豆炭ともみ殻でじっくりと焼かれたこの大きなオブジェ、
手びねりだと聞くと、いつもながら驚く。
畑の真ん中でトタン板で囲ったいかにもシンプルな「窯」である。
塔のような作品は立てると風であおられたりと倒れる心配があるので寝かせて焼く。
だから縦に模様が入る。これもまた不思議な景色となる。
舞鶴で焼かれた作品を軽トラックで運ぶというからおそれ入る。
中には焼いている途中や運んでいる際にヒビが入ってしまうものもあり、
会場にもいくつかそれらしきものがあったのだが、
それすらも景色にしてしまうほどの大らかさが
梅原作品の最大の魅力であると言ってもいい。
塩やトタンの錆、畑の土などを表面にまぶして、さて、どんな風情が表れるかは
成り行きまかせ、といったいい意味での鷹揚さと楽観さが
この作品をさらに愉しくさせる。
球体というか、落ちた瞬間のストップモーションなしずくというか、
それらの表面は地図のようでも、上空から見た珊瑚礁のようでもあり、
カタチにふさわしい仕上がりになっていて見事という他ない。

今まで見てきた梅原さんについての過去ログを見ていると
どれもほとんど同じようなことばかり書いている。
つまり僕の感覚はいつでも梅原さんの作品について
ぶれてないということで…

素敵な作品に出会ってください。

過去ログです。↓
http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-333.html
http://den393.blog81.fc2.com/blog-entry-557.html


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↑会場入り口で。ちょっとデフォルメされたカバさんが迎えてくれる。梅原さんの一番好きな動物であり、作品全体のイメージの根源的なカタチはここから創出されたと言う。


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