「 瀬戸 直 個展 〜 な き 声 を こ こ に 〜 」

Category : 現代美術シッタカぶり
6/11→6/16【 アートスペース虹 】

その昔、写植指定も覚え、レイアウトして版下を作らせてもらえるようになって、
新聞の折り込みに自分のデザインしたチラシを見つけたりしたら
悟られないように心の中で小躍りしたものだった。
しかし、いつしかこの儚げで僅かな寿命しか与えられない印刷物に
「捨てられしもの」としてのやるせなさを、そして自分の仕事にすら
同様な諦めに似た感慨をもって受け入れざる得ない宿命と職性のようなものを
ひしひしと感じて、実に切ない気分になったものだ。

瀬戸さんはステートメントにこう記す。
「数年前、大量に生まれては棄てられていくチラシに寂しさを覚えました。
多くの人の手を介し、多くの時間をかけても一瞬で散り、棄てられる。
そんな姿に疑問を感じ、拾い上げることから始めました。
僕は今でもチラシと歩んでいます」

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壁にかかる100個の箱は全てチラシ。
箱の中にはこれもチラシで作られた小さなセミがきちんと標本されている。
セミと聞いて「空蝉」と連想される人も居ると思う。
またはその寿命に関わることかなと思っていたら
作家のお母様が亡くなったことに関係あるのだという話を聞いた。
ともあれ、ここに並べられた数々の標本たちは
それぞれが過去の情報を部分的に披露しながらも
様々な色合いとフォントによってその役目を果たし終え、
また、この“仕事”に関わった人達のメシの種にもなった
一過性の印刷媒体である。
(実際、どれほどの人間が関わっているかを知れば
おのずと広告業界の全体像もわかる縮図のようなものと言ってもさしつかえない)
知らしめるために知恵を絞って(勿論すべてがそうとは限らない)できた
期間限定の(経済的な側面から見れば)実にリアルなツールなのである。
どんなにネットが網羅されようが、紙は無くならないし、
チラシが無くなることもない。
この所産に対して作家の心情を推し量ることは簡単でもあり、
また同時に、そのまま観客にテーマが投げかけられる、
わかりやすい材料でもある。

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もう一方の壁にかかる作品群は
この仕事に関わっている人ならピンとくるアレである。
通常、大量のチラシ印刷をする場合、印刷も裁断も同じ工程上で行う輪転機を使う。
この印刷は例えば一般の折り込みに多いB4サイズなら
正規のサイズよりも1センチほど周囲に白い余白が付く。
デザイナーからすればできれば余白はない方がいいのだが、
では四辺を後加工で化粧断裁するとコストも時間もかかる。
割と長期間のスパンで展開されるチラシ(不動産など)以外は
ほとんど、この小さなギザギザが付いた白ふち広告になる。
作品はその白ふち広告を印刷されている面をわずかに残してカットし、
横に重ね合わせたものである。
なるほど…考えたものだと妙に感心してしまった。
いや、むしろ感慨と言ってもいい。
この方のチラシへの創作反映度は相当なものである。

現代美術に於いてチラシは
情報過多や資源問題などの現在進行形の社会的な側面を映して、
軽薄で短命で一方的な、
或る情報伝達のあり方としてのネガティブな象徴として扱われてきたように思う。
瀬戸さんのような関わり方、チラシそのものをマテリアルとして
捉える作品づくりは、僕にとっては、誤解を恐れずに言えば、
(知らない人は全く知らないだろうが)
チラシを切った小さな二等辺三角形を丸めて、ニスを塗り、集めて糸を通して
のれんにした、あの感覚に妙に近いのである。

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