「 水野 悠衣 個展 〜 Join In 〜 」

Category : 現代美術シッタカぶり
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2013. 9/10 → 9/15 【KUNST ARZT】

オールオーバーと呼ばれる、
画面に中心を持たない構成の抽象画を描かれて居る水野さんは
実は日本画出身です。
このスタイルの絵は5年程前からだそうですが、
さて、きっかけはなんだったんでしょうか。
なんでもビル群の窓を一つひとつ描いていくうちに、
表現者としての自己定理がむくむくと沸き上がっていったようなんです。
それは具体的なるものを描くことで、その絵が絵として結実していくことへの
或る種の不信、言い換えれば「縛り」なのではないかなと思ったりしました。
実際、水野さんが窓を一つずつ描くことで明らかに窓であることを
“伝えていくことへの意義”にまで辿り着いてしまうのかも知れません。
逆に抽象というのは観念的な世界観を、良くも悪くも画家の近視眼的な解釈を
自由に提示しますから、絵としての“説明度”に
さほどの責任を負うことはないのではないかとシッタカぶったりします。
そこへ行くと風景画や人物画は画面から滲み出て来るものを
必死に捉えようとする働きが無意識下にあって、
いわゆる「上手、普通、ヘタ」という
なんとも単純な観客の評価というものもあったりします。
桜が桜らしく見えなければ、
それは或る人から見れば評価に値しないということになります。

水野さんに愚問。
デジタルについて意識されたことはあるのか?
やはり答えはノーでした。
しかし抽象画を描かれる方の大らかさというものも確かにあって
「どういう風に見てもらっても構わない」という原則のようなものがあります。
個々の様々な反応がまた画家に絵筆を取らせるのかもしれません。
この絵は遠くからと近くからで印象が変わり、
さらに近づくと日本画の画材で描かれていることの効果というものがわかります。
水干(すいひ)絵具という画材で岩絵具の下絵に使われたりします。
なめらかに、均一に塗れる特徴があるのもこの絵の特徴に合致しています。
ですから当然、この絵は相当なアナログであって、
いわば日本画の出自である作家の有り体というものが
ごく自然に表出されたものであると言えます。

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反復され、集積されるものの、もう一つの風景、とでも言うのでしょうか。
マクロにも、ミクロにも解釈されるミニマルアートの愉しみが
画面一杯に展開されています。
光の粒立ちや、世界の俯瞰や、あるいは色彩の美しさと相反するような不安や、
一方でリズムを刻む鼓動や、躍動もここに表れています。

風景画や人物画を描くことは辞めていないということですが、
双方の筆先に込める思いがそれぞれに相乗効果を生み出していけば、
大げさではなく、新しい驚嘆を呼び込むことに繋がるかも知れません。
華麗なる引き算に心踊らせて、水野さんだけの世界観を今後も追求していただきたいと思います。

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