「フンベルバルディンクの衛星生中継」劇研アクターズラボ+ルドルフ「絶対、大丈夫か」

Category : パフォーマンス見聞
筒井さんラボ



2014.1.12〜1.13【アトリエ劇研】

作・演出:筒井加寿子
出演:岩崎果林 岡本昌也 柿谷久美子 竹内香織 多田勘太

この公演に先立っての筒井加寿子さんの年頭所感的なものをfacebookで拝見。
劇団員としてフリーの役者として、そして演出家としての筒井さんの切実な苦悩が
同時に演劇人としての発露になってることは言わずもがななんですが、
これはまた僕がむやみに関わらせていただき、無謀に舞台に使っていただけた
或る演出家(役者・振付家・ダンサーでもあります)の言っていたことと重なりました。
筒井さんの書かれていたものの中のそこのフレーズが
まるで太ゴシックのように見えます。

「やってもやっても自分が演劇をなぜやってて、これで一体何をしようとしているのか
さっぱりわからない」

これは先の演出家が「演劇とは何か、ダンスとは何か、やればやるほどわからない」と
言っていたことと同じ意味だと考えるに、
いわゆる共感や共鳴から得る快感という“当たり前”な役割を持つ演劇やダンス
(それを芸術ともいうけれど)を成り立たせるための怖さを実感するのは
物語を紡いでいく作者の宿命なんだなぁと改めて感じ入りました。
今回で最後になる劇研アクターズラボ+ルドルフの公演。
話は“意外”にもどんどんシリアスな方向へ進行していきます。
前回のドタバタコメディの要素ももちろん散りばめられてはいますが、
それは空しさや哀しみや寂しさをより増長、拡張させるために用意されたものです。
「フツーと見られる、思われている人が実は一番面白い」
勿論この「面白さ」とはあくまで演出家の目から捉えた表現ですから、
その人の内省的な、明かしにくい、また見えにくい部分への興味です。
そして“他人の不幸”をいかにお話にできるかという手腕は
少なからず「フツーとは何なのか(またフツーでないとは何なのか)」を探る
演出家自身の感度を試すための旅支度への段取りのような気もします。
ラボのメンバーとのやりとり、つまりは非公開であったプライベートな部分の
演劇的な抽出によって筒井さんは改めて、見た目に安穏とした人が
実は大変な難題や困難、苦難といったものと対峙しながら生活していることを
今さらながら知るわけです。
演出家は演出家でなかったら犯罪者になっていたかも知れないほどに
様々な要素、因子をほじくりだし、こねて、まるめて、
またほぐし、ほくそえみ、みたいな作業を
日常的に「ひとりブレーンストーミング」しているわけです。
これは「ひとごと」を「じぶんごと」として投影させ、
また筒井さんご自身が言うように
人生に起きた悲惨と思えた過去のできごとを可能な限り対象化し
あれはただの偶然、幻影であると突き放し、笑うことで楽になるという、
ユニット「絶対、大丈夫か」のベーシックな要素にも重なるものです。

一男一女と母親、長女が所属する天文部でのクラスメート、
そして狂言回しをも兼ねる教師という5人。
実は筒井さん独特のプロローグが好きです。
この教師役の“進行”を他の出演者から促される感じは筒井さんならではの演出です。

家族の崩壊、と言ってしまえばそれまでですが、
姉弟間に潜む普遍的な関係性や母親と息子との蜜月ともいえる独特の繋がりを描きつつ、
誰も幸せへの保証や担保を持ち得なかったという結末(いや後日談は謎ですが)の中に
しかし、それでも人は生きていかねばならないのだという
可笑しくも切ない現実を、筒井さんは結構残酷に描いていきます。

余談なんですが、貴子役の岩崎果林さんの(大)ファンです。
理由はともかく、これを機会に役者さんを続けて欲しいと切に願います。
多田勘太さんも大好きです。
要チェックでこの二人に注目していきたいと思います。

筒井さん、お疲れさまでした。
そしてありがとうございました。

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