「 山西 杏奈 個展 〜 TRANSPARENT COLOR 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2014.7.22 〜 7.27 【 KUNST ARZT 】

最近、これといった理由があるわけではないのですが
たまたま平面を見る機会が多くあって、
そもそも「絵を描く」などという高尚な行為に及ぶ動機が
ないままに齢60年を重ねてしまった自分としては
大いに勉強になった“つもり”でした。
鑑賞者は実にわがままなもので、この辺で、
そろそろ立体作品が見たいという、
ごくささやかな欲求がモコモコと出始めるわけです。

梅雨が明けたかどうかという、そんなうだるような日に
山西さんの作品に初めて出会いました。
その凛とした作風に、
一服の清涼を目にした思いをしたという人は
多分僕だけではないはずです。

手を掛ける………これはすべからず素人が感じるところの
まずは素直な感想なのだけれども、
漆工というと、その手の掛けられ方もさることながら
京芸(京都市立芸術大学)の自負する、
いや、これぞ京芸という“発想の掛け方”にいつも感服します。
でも今回はあえて、漆工というカテゴリー(とはいえ、当然一括りではありません)と
これらの作品をシビアに結ぶといった見方はしないでおきます。
まずは山西さんの強い創作への思いと、結果生まれた作品の周囲に漂う
心良い緊張感を楽しもうと思います。

山西さんの作品を目にしてまず感じるのは、その作品にかける時間。
このことについては何ら具体的な説明はできませんが、
作品を見ていて、つまり時間をかけた“現物”を見て
ステートメント通りの印象を受けました。
じっくりと手のなかで熟成するまで、素材との濃密な関係を維持することは
素人の僕などには想像もつかないことですが、
結果、その造形には作者の強い精神性が伺えます。
事前情報として画像で見た注連縄の「三本立像(2012)」の美しさに
文字通り、目を奪われてしまってから
まずは実物を見たいという思いにかられました。

P7220005.jpg

イチョウを素材としたこの作品の“立ち姿”は
まるで注連縄が意志を持ったかのように毅然とした面差しで
逆に作品に見られている様な錯覚にさえさせます。
イチョウの肌合いの清廉さは、そのまま我々日本人にとっての
聖なる場所と下界を区別するために張るという行為に及ぶ由来を見るようで
作品の周囲に漂う緊張感はこの作品ならではのものです。
かといってストイックな後味、厳粛さと言うのでもない、
極限のデザイン性をも取り込む、
いわば作者と素材との「間合い」の妙といったところです。
山西さんは作品によってイチョウ、ケヤキ、ヒノキ、クリと
素材を選択していますが、見事にどれもその造形性と合致した出来映えです。

P7220002.jpg



会場の中でゆったりと泳ぐように揺れる「見えない地面(2013)」は
そのささやかな波動が、
ドアを隔てた外界の温度と反比例した涼やかさをもたらしてくれます。
オープン当日に小さな扇風機を購入し、
見事に、この「音のないさざめき」を創出したアイデアも優れています。
他にはヒノキの「しかく(2014)」のように
空間との絶妙な折り合い方が美しい作品や
もっこりとしたメビウスの輪のようなケヤキの「無題(2013)」、
(この漆のなんとしとやかで、謙虚なまでの風合い)
クリを彫った「ハマグリ香合(2014)」など
加飾性を一切排し、形そのものから放たれる
作者と素材と時間の凛とした関係性が高い密度で反映された作品たち。
初個展とは思えない充実の作品群。

山西さん

P7220006.jpg

P7220008.jpg

おや、奥の部屋の作品…
なるほど…なるほど。
ちょっと意表も突いたりする山西さんです。

P7220010.jpg


※「しかく」につきましてはこちらの不手際で消去してしまい、KUNST ARZTさんの画像を使用させていただきました。

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