「 マツムラ アヤコ 展 ~ woman ~ 」

Category : 現代美術シッタカぶり
2014.10.4~10.18【GALLERYGALLERY EX】

会場にいらしたマツムラさんは鷲田清一の話を始めました。
僕は鷲田さんの著作は読んでいなくて、
名前だけを薄らと覚えていたというくらいです。
さて、検索してみるといろいろわかることがあります。
哲学者・思想家がファッションについて論じることは珍しいと言われ、
鷲田さんが居なければ、
ファッションが学術的に研究されるなんてことはなかった、とあります。
面白いのはマーシャル・マクルーハンの「第二の皮膚としての衣服」という見方を
「身体こそ第一の衣服」だと考えるということです。
自分で自分の身体の全体を見ることはできないから、
身体を像として統合する(ちょっと難しい表現)必要があり、
このイメージされた身体こそが第一の衣服なのだ、と説いているようです。
この見立ては正にそのままマツムラさんの作品に反映されていますね。
マツムラさんはまず人体を展開、つまり魚の「開き」の状態で織っていきます。
これこそ「像」ではないでしょうか。
ほら地球儀の展開図にある「舟型多円錐図法」というのと同じ理屈です。
開きで織った人体はパーツを縫い合わせるのではありません。
かなり厚めに織られているので、
ボディスーツというよりは、マツムラさんの言う、
“豊満な肉々しい”女性のシルエットをデフォルメしたもので
乳首や陰毛なども“キチン”と再現されています。
そして、ここがかなりストレートなのですが、胸にある
「SEX」という刻印のような織り込み。
この3文字は本来の「性」という意味よりも「行為」としての
イメージの方が勝っています。
作家はそのへんの妙なモアレ感覚もまさに“織り込み済み”です。

女性の身体を至って観念的な「セクシー」という観点から考える作品と
ステートメントにあります。
そうでなくてもマツムラさんの今までの作品を見れば
艶かしさとザクッとした肌合いが危うい共存を見せ、
女性の身体というものを不思議なアングルで見せ、
さらにこれを「着て」街中を歩くというような
パフォーマンスまで含めて、
新しい「気付き」とも言える感覚、
なんというか「どうだ」と言わんばかりの
ふてぶてしさを放っていることがわかりますが、
この「SEX」の文字が単なる記号にさえ見えるほどに
意味を成すための文字が、意味を剥奪されているという
矛盾的自己同一な結果ももたらしています。

先日見た、京都国際舞台芸術祭のプログラムの
「TWERK」という作品で、乱舞するダンサーが次第にトランス状態のような
展開になるにつれ、トップレスで踊るというシーンが続きましたが
見る側としては「脱ぐ」という行為のちょっとした驚きよりも
そのことに何の違和感も覚えなかったことに新鮮な驚きがありました。
そこにあるのは「肉体そのものが生来持っている機能美」のようなものでした。
マツムラさんの作品はこの「機能美」をとことん削ぎ落とし、
なおかつ「豊満な方がセクシー」であるというコンセプトのもとに
「屈しないカラダ」(アスリートのそれとは異なる)を
造形したのではないか、とシッタカぶるのです。
そこには「覚悟」や「我慢」や「包容」や「自信」という
キーワードが潜んでいるような気もしました。

数々の受賞歴を持つマツムラさんですが
中々に好環境な状況とは言えないテキスタイルアートの中で
その存在感をいかんなく発揮している旬な作家さんと言えます。

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